Marriage Knot
「いらっしゃい。待っていました」
桐哉さんは、アトリエのドアを開くと、笑顔を見せて立っていた。
「会いたかったです、結さん」
「わ、……私も」
広い室内に案内されながら、私たちはそんな会話を交わした。リビングに入ると、あの作業机に最新のラップトップパソコンが置かれ、その横に書類の山が積まれていた。
「お仕事中だったんですか?」
「ええ、まあ」
桐哉さんは無機質なパソコンをスリープモードにして、書類も手早く片付ける。
「仕事がたまっていて、仕方なくこちらに持ってきました。ここには仕事を持ち込まない主義なのですが」
そう説明する彼の目が充血している。もしかして、徹夜したのではないだろうか。
「徹夜、だったんでしょう?」
「……よくわかりましたね」
いつもは余裕をたたえる大人な彼の目が、驚きで見開かれる。
「私もほとんど徹夜だったから、もしかしたらと思いました。今日のことを考えると、わくわくして眠れなくて。なんだか小学生みたいでした。遠足に行く前の日に、いつも眠れなくて、リュックサックを見て、おやつが入っているか確かめたりなんかして」
「幸せな女の子だったんですね」
「ええ。でも、全然勉強しなくて、母には怒られてばかりだったんですけれど。桐哉さんは、遠足お好きでしたか?」
「……僕は」
彼は、私から目をふっとそらして、大きな窓の外を見た。マンションの最上階のアトリエからは、都内の空が一望できる。空は、少しだけ曇りかけていた。
「遠足には行ったことがありません。ずっと幼稚園から勉強づけで。飼い猫だけが友達だったようなものです」
「……ごめんなさい」
余計なことを聞いてしまった。私は後悔の苦みをかみしめながら頭を下げた。
「いいんです。徹夜している間に、少しうとうとしたのですが、その時に久しぶりにその猫……レーシーの夢を見ました。懐かしかった。僕の支えで、大切な存在だった」
「あ、私も今日夢を見ました。桐哉さんが、白い猫を抱っこしている夢」
「えっ。どんな猫でしたか?」
桐哉さんが真顔になる。私は記憶の毛糸玉を手繰り寄せた。