Marriage Knot

「桐哉さん。これ、プレゼントです。お気に召していただけたらうれしいです」

桐哉さんの濃茶の目に光がともった。そして、口元がほころぶ。

「ありがとう。結さんの手編みですか」

「よくおわかりですね」

「僕が結さんなら、プレゼントには手編みを選ぶと思いますから」

桐哉さんの言葉に、私の心は弾んだ。私のことをわかってもらっている。私も、桐哉さんのことを知りたい。理解したい。もっと、もっと……。

彼が丁寧にラッピングのリボンをほどいた。そして、思わぬサプライズにわくわくする少年のように、喜びを隠さない。会社では雲の上の人のように遠い存在の彼が、私の前では子供のように笑うのが、とてもいとおしかった。

「……これは、タイですか。素晴らしいレースだ」

彼は箱を開けて、ちょっとした驚嘆の声を上げた。

そう、それは入魂のレース編みのタイ……アスコットタイだった。おしゃれなグレイのようなアイボリーの絹でできたレース糸で編んだのだ。レース針の号数は、12号。いちばん細いものだ。レースは細ければ細いほど、繊細なものができる。初心者が編むかぎ針の太さに近いレース針では、丈夫な袋物か敷物しか編むことができないけれど、私は経験者として自分の持てる技術を結集させ、このアスコットタイを丹念に編んだ。きっと、桐哉さんは副社長として、セレブリティとしてパーティーに出席する機会も多いはずだ。そんなときに活躍させてほしい。そんな思いだった。

「ぜひ、パーティーシーンみたいな華やかな場面で活躍させてください。桐哉さんにきっとよくお似合いだと思います。そして……」

私はさっきから考えていた言葉を伝えようとしたが、恥ずかしくてうまく言えない。桐哉さんはタイを手にして、微笑んで私の言葉を待っている。

「レーシーはそばにいなくても、あの、……私は、レッスンがある限り、そばにいますから」

本当は、「ずっとそばに」と言いたかった。でも、桐哉さんが嫌がるのではないかと怖くて言えなかった。もうこんなにも私のこころをとらえて離さない桐哉さんが、遠い存在になってしまうことが、何よりも恐ろしかった。そうならないように、オブラートに包んで、でも自分の思いはほのかに添えたつもりだった。
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