Marriage Knot
桐哉さんは、眼鏡をかけた。レッスンの始まりだ。

「先生、僕の編みたいものをリクエストしてもいいですか」

桐哉さんは眼鏡の奥で試すような視線を投げかけた。私はもちろんです、と応じた。

「僕は、シンブル(指ぬき)が編みたい。かぎ針で、編めますか。できればレースがいい」

指ぬきとは、お裁縫やパッチワークの時に指にはめて使用するものだ。これをうまく使えるようになると、針目が整い、縫い目がきれいに見える。けれど、今時指ぬきを使ってお裁縫をする人などいるのだろうか。

「レースのシンブル……。実用性に欠けると思いますけれど」

「かまいません。編みたいのは、『未来』です」

シンブルが未来を編むことになるとは、どういうことだろう。私は首をかしげた。

「もちろん、シンブルのような小さなものなら、すぐに編み図が書けますよ。それに、基本的な編み方でできます。でも、どうしてシンブルなんですか?」

「秘密です。でも、ヒントだけ」

桐哉さんはちょっと意地悪をするのが好きなようだ。やさしい光をたたえた目からは、いつの間にか充血は拭い去られていた。

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