転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
プロローグ
 十六歳の夏休み、初めて会ったその人は、四歳年上の大学生。高校からは女子校に進み、元々あまり男性と会う機会の無かった彼女、芦名李江(あしな りえ)にとって、彼、脇田拓武(わきた ひろむ)は、教師以外の、数少ない『大人の』男性だった。

 その夏、李江は、祖父の代からの外食チェーンを引き継いだばかりの父と、元々はチェーン店舗で腕をふるっていた料理人の母と、小学生の弟と数日過ごす夏の別荘で、取引先の大手食品メーカーの社長親子と引き合わされた。
 父がそうして別荘に客を呼ぶのは恒例になっていて、その多くは小さな子供連れの家族が多く、いつもであれば、李江も、弟の桃弥(とうや)も、楽しく子供達のお守り(というか一緒に遊ぶだけなのだが)をするのが習慣だったのだが、その年は、何故か招かれたのは一家族だけで、小さな子供はおらず、息子だと紹介されたのは、李江よりも年上で、二十歳の拓武だけだった。

 いつもは、子供達とガキ大将よろしく先頭に立って探検にでる桃弥も、勝手が違うのか、突然の大人の存在に、はじめのうちはまごついたが、「積極的に遊んでくれるお兄さん」としてあっさり拓武と打ち解けて、最終日には「ひろむにーちゃん」「ひろむにーちゃん」と、いつも拓武の後をついていくほどに懐いた。
 一方、李江の方は、弟と拓武が嬉嬉として遊びまくる様子を遠巻きにしつつ、母の手伝いと称して食事を作ったり、趣味の絵を描いたり、読書や、天体観測をして、一人優雅に過ごしていた。
 食事も忘れて遊ぶ二人に昼食の弁当を届けるのも日課になってしまって、母と二人で作ったお弁当を、豪快、かつ美味しそうに食べる拓武と桃弥をほほえましく見守るのは、まあ、楽しかった。
 拓武は、一見では無口で、おとなしそうに見えたが、細面の知性的な顔立ちで、着やせするのか、水着になると筋肉質のひきしまった体をしていた。桃弥と一緒に海で遊んでいるうちに、日に焼けると、いっそうたくましく精悍な様子になり、李江は恥ずかしくてなかなか正面から見ることができずにいた。お嬢様ぶったワンピースに日傘をさして、弁当の入ったバスケットを下げて現れる李江に、桃弥が、

「ねーちゃん、何かっこつけてんだよ」

 と、うそぶく。李江がつんとすましていると、

「ひろむにーちゃん、ねーちゃん、今年はこんな風に気取ってるけど、いつもだったらガキどもをひきつれて、筏組んで海賊ごっことかやるんだぜ」

 などと言うので、あわてて李江も、やめてよ、そんな事言うの!と、ムキになって言い返した。

「いいじゃないか、海賊ごっこ、僕もまぜてよ、李江ちゃん」

 李江ちゃん、と、言って、笑う拓武は、距離感をはかりかねていた李江にはまぶしすぎた。

「あー、ねーちゃんとにーちゃんが結婚してくれたらなー、そしたらひろむにーちゃんが本当のにーちゃんになるのにー」

 無邪気に桃弥が言うと、李江と拓武は二人そろって真っ赤になってうつむいた。
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