転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
 物見高く、コーヒーをとりに行った寺田が席に戻り、周囲に聞こえないよう声を潜めて、星野と李江に言った。

「脇田さんに……縁談、らしいです」

 ランチに茶化してしまった責任からか、星野と寺田はどことなく李江に同情的だったが、

「いえ、そんな、元から、父同士が知り合いというだけで、特別何か、というのがあったわけでは……」

 二人に気を使わせまいとして言う李江の言葉は、空々しく散っていく。

 寺田が社長室近くの休憩コーナーに行ったときには、既に拓武と女性はいなくなっていたらしい。社長室の扉は開き、中には誰もいなかった。
 変わりに、休憩コーナーの横にある喫煙ブースから出てくる社長と新浦の会話を聞いてしまった。

「どうなの?拓武は」

「よさそうです」

「まー、うまくいくかどうかはわからんけどねー」

「不意打ちのお見合いっぽかったけど、まあ結果オーライって事で」

「だといいけど」

 『不意打ちのお見合い』と、新浦は言っていたという。
 午前中不在だった拓武。午後に一緒だった美しい女性……。
 幸運の女神には前髪しかないというが。
 だとしても、これはあんまりにもあんまりだ、と、李江は思った。

 朝、足首にかせられた重りは、帰り、さらに倍の重さを持って李江の足取りをにぶらせていた。

 ずーーーーんと、重い足取りで歩く李江に、音声着信があった。

「はい、芦名です」

「どーもー、黒木ですー」

 相変わらず、最悪のタイミングで電話をかけてくる、空気が読めないと自分で言ってしまう男、転職エージェントの黒木だった。

 転職エージェントとは、初回、本部で面談をして以降、連絡はメールと電話で行っており、採用が決まった時も、直接会ったりはしていなかったが、偶々外回りでライジェルの近くまで来ていたようで、近況についてよければ直接会って話をしたいという事になり、チェーンのコーヒーショップで待ち合わせをした。

 黙っていれば、物腰柔らかなハンサムに見えるが、口を開くと台無しになる、黒木はそういう男で、李江の第一印象は、『ちゃらいな』だった。
 しかし、見た目と口調は軽いが、黒木は有能で、条件以上の転職が可能になった。

「どうですかー? 新しい職場は?」

 コーヒーゼリーの上にのったソフトクリームを食べながら黒木が聞いた。

「はい、みなさんいい方ばかりで……、仕事の方もなんとか」

 李江は無難な返事をする。

 まさか転職先で初恋の人に再会し、もう一度好きになったと思ったら、相手がお見合いをして、二回目の失恋をしそう、などとは言えない。

 無難な世間話をしながら、黒木がやけに時間を気にするのでなんだろうと思ったら、何のことはない、直帰可能な時間までねばりたかったようだ。

 特に実りのない会話の後、黒木は軽い足取りで去っていった。成人してからスキップする男を李江は始めて見た。
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