転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
翌日は、平穏に過ぎていった。……就業時間が終わるまでは。
退勤前、作業報告を書き終えたところで拓武から李江個人宛にメッセージがあった。
『退勤時間が過ぎたら、作業場まで来て欲しい』
『作業場』、とは、倉庫の一角にある拓武の作業スペースの事だ。今、李江達のチームは、直接拓武と関わる案件は無い。……ということは、仕事の話では無い可能性がきわめて高いという事だ。
リーダーの星野に相談すべきかとも思ったが、今日は予定があると、定時に帰宅してしまっている。
結局、誰にも相談しないまま、李江は一人で『作業場』へ向かった。
ノックをすると、中から「どうぞ」と、拓武の声がした。
中には、組立中とおぼしきパソコンや、技術書などが置かれ、雑然としている。拓武は、コの字型に並んだデスクで、三面のディスプレイに囲まれて、作業をしているようだった。ちらりと見ると、開発では無く、プレゼン資料を作っているようだ。
椅子を勧められ、李江は拓武のデスクをはさんだ向かいにあるオフィスチェアに腰掛けた。
「……今年は、行くの? オリオン座流星群」
そういえば、もう何年も星を見ていなかったな、と、ぼんやり思いながら、いいえ、と、答えようと顔をあげると、拓武の表情が険しい。
始めて見るような、怖い顔だった。驚いて、答えられずにいると、
「誰と? 彼氏?」
李江は、何のことを言われているのかわからなかった。
「脇田さん、何を……」
驚いて、李江が言うと、言葉を挟む隙間を与えまいと拓武が続けた。
「言ってくれればよかったのに、……好きな人が、恋人が、いるなら」
「ちょっと、待って下さい、何を言って……」
「見たんだよ、昨日、コーヒーショップで、楽しそうに話をしていた、会社の男じゃないよね。もうずっと前から?」
「違います、あれは」
言い訳をしようと李江が立ち上がると同時に、拓武も立ち上がった。デスクの上に積み重ねてあった本が数冊音をたてて床に落ちる。李江が音に気を取られている隙に、拓武が李江の体を壁際に追いつめた。
「だから、あの時逃げたの?」
「違います、あれは……」
言い訳をしうようと口を開いたその時、李江の口を拓武の口が塞いだ。拓武の体と、両腕が、李江の体の自由を奪い、引き結んだ唇に拓武の舌が割って入る。拓武が、李江の唇の柔らかさに我を忘れてむさぼると、李江も拓武の舌に応え、互いに激しく舌を絡ませながら、李江の腕が、すがるようにして拓武の背中に回ると、拓武も、李江の体を抱きしめた。
長い口づけの後、拓武は名残惜しそうに唇をはなし、瞳を潤ませ、上気した李江にあおられて、今度は唇を耳に寄せた。
「ンッ……」
快感から漏れ出る声を抑えようとする様子に、拓武はうれしくなって、李江の耳たぶを甘く噛んだ。
「ダメっ……」
引きはがすように、李江が拓武の体を押しやった。乱された服、息があがり、李江自身も快楽の波に流されそうになるのを、やっとの思いで押しとどめた。
作業場は、倉庫の片隅にあるがゆえに、めったに人が来ることはないが、鍵はかかっておらず、いつ誰がドアを開けるかわからない。最後の理性のひとかけらを取り戻したのは李江だった。
「……ゴメン」
李江より少し遅れて我に返った拓武が反射的に謝罪した。
「……どうして、謝るんですか」
衣服を整えながら、李江が拓武をキッとにらみつけた。
「衝動、だったんですか?」
「違う、俺は……」
君の事が……と、言おうとする拓武を李江が遮った。
「縁談がおありだと、うかがいました」
「は?」
心から驚いて拓武が呆然となる。
「私は、遊びであなたのお相手ができるほど、器用じゃありません、……他の人に、して下さい、失礼します」
身を翻し、拓武の腕をかわすようにして、李江は扉に手をかけた。
「それから、昨日私が会っていた人は、彼氏とかじゃありません、転職エージェントの人です、なんだったら、新浦さんに確かめていただいてもかまいません。それじゃあ」
あふれ出しそうになる涙を必死でこらえながら、李江はそこから走って逃げ出した。自分の席には戻らず、誰にも見つからないように、外階段から会社を出た。
どこをどう戻ったか、李江は自分のアパートへ戻っていた。拓武とふれあった熱が、あちこちでくすぶっているように全身が火照っていた。ベッドにつっぷすと、抑えていた涙があふれて、止まらなかった。
退勤前、作業報告を書き終えたところで拓武から李江個人宛にメッセージがあった。
『退勤時間が過ぎたら、作業場まで来て欲しい』
『作業場』、とは、倉庫の一角にある拓武の作業スペースの事だ。今、李江達のチームは、直接拓武と関わる案件は無い。……ということは、仕事の話では無い可能性がきわめて高いという事だ。
リーダーの星野に相談すべきかとも思ったが、今日は予定があると、定時に帰宅してしまっている。
結局、誰にも相談しないまま、李江は一人で『作業場』へ向かった。
ノックをすると、中から「どうぞ」と、拓武の声がした。
中には、組立中とおぼしきパソコンや、技術書などが置かれ、雑然としている。拓武は、コの字型に並んだデスクで、三面のディスプレイに囲まれて、作業をしているようだった。ちらりと見ると、開発では無く、プレゼン資料を作っているようだ。
椅子を勧められ、李江は拓武のデスクをはさんだ向かいにあるオフィスチェアに腰掛けた。
「……今年は、行くの? オリオン座流星群」
そういえば、もう何年も星を見ていなかったな、と、ぼんやり思いながら、いいえ、と、答えようと顔をあげると、拓武の表情が険しい。
始めて見るような、怖い顔だった。驚いて、答えられずにいると、
「誰と? 彼氏?」
李江は、何のことを言われているのかわからなかった。
「脇田さん、何を……」
驚いて、李江が言うと、言葉を挟む隙間を与えまいと拓武が続けた。
「言ってくれればよかったのに、……好きな人が、恋人が、いるなら」
「ちょっと、待って下さい、何を言って……」
「見たんだよ、昨日、コーヒーショップで、楽しそうに話をしていた、会社の男じゃないよね。もうずっと前から?」
「違います、あれは」
言い訳をしようと李江が立ち上がると同時に、拓武も立ち上がった。デスクの上に積み重ねてあった本が数冊音をたてて床に落ちる。李江が音に気を取られている隙に、拓武が李江の体を壁際に追いつめた。
「だから、あの時逃げたの?」
「違います、あれは……」
言い訳をしうようと口を開いたその時、李江の口を拓武の口が塞いだ。拓武の体と、両腕が、李江の体の自由を奪い、引き結んだ唇に拓武の舌が割って入る。拓武が、李江の唇の柔らかさに我を忘れてむさぼると、李江も拓武の舌に応え、互いに激しく舌を絡ませながら、李江の腕が、すがるようにして拓武の背中に回ると、拓武も、李江の体を抱きしめた。
長い口づけの後、拓武は名残惜しそうに唇をはなし、瞳を潤ませ、上気した李江にあおられて、今度は唇を耳に寄せた。
「ンッ……」
快感から漏れ出る声を抑えようとする様子に、拓武はうれしくなって、李江の耳たぶを甘く噛んだ。
「ダメっ……」
引きはがすように、李江が拓武の体を押しやった。乱された服、息があがり、李江自身も快楽の波に流されそうになるのを、やっとの思いで押しとどめた。
作業場は、倉庫の片隅にあるがゆえに、めったに人が来ることはないが、鍵はかかっておらず、いつ誰がドアを開けるかわからない。最後の理性のひとかけらを取り戻したのは李江だった。
「……ゴメン」
李江より少し遅れて我に返った拓武が反射的に謝罪した。
「……どうして、謝るんですか」
衣服を整えながら、李江が拓武をキッとにらみつけた。
「衝動、だったんですか?」
「違う、俺は……」
君の事が……と、言おうとする拓武を李江が遮った。
「縁談がおありだと、うかがいました」
「は?」
心から驚いて拓武が呆然となる。
「私は、遊びであなたのお相手ができるほど、器用じゃありません、……他の人に、して下さい、失礼します」
身を翻し、拓武の腕をかわすようにして、李江は扉に手をかけた。
「それから、昨日私が会っていた人は、彼氏とかじゃありません、転職エージェントの人です、なんだったら、新浦さんに確かめていただいてもかまいません。それじゃあ」
あふれ出しそうになる涙を必死でこらえながら、李江はそこから走って逃げ出した。自分の席には戻らず、誰にも見つからないように、外階段から会社を出た。
どこをどう戻ったか、李江は自分のアパートへ戻っていた。拓武とふれあった熱が、あちこちでくすぶっているように全身が火照っていた。ベッドにつっぷすと、抑えていた涙があふれて、止まらなかった。