転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
拓武と拓武の父が帰る前の晩。リビングで大人達が酒を飲んでしている会話を、キッチンに向かっていた李江は、偶然立ち聞きしてしまった。
「どうでしょう、李江ちゃんと拓武が結婚したら、お互いの会社にとってもメリットが大きいのでは」
拓武の父の声だった。
「父さん、何言い出すんだよ、急に!」
あわてている声は拓武のようだ。
「まあ、そういう事は、本人同士が決める事ですし……」
やんわり答えているのは李江の父だ。
「そうだよ、そんな事を急に言い出したら、李江ちゃんだって、芦名さんだって困るじゃないか」
「……お前は困らないのか?拓武」
そう言って、拓武の父が続ける。
「どうですかね、拓武も李江ちゃんもまだ学生ですが、婚約だけでも、というのは」
拓武は、絶句し、次の言葉が続けられないようだ。
李江は、驚いて、気配を悟られないように別荘を飛び出した。
十六歳の李江にとって、婚約も結婚も絵空事の世界の言葉だった。ドラマや小説の中の言葉が、急に自分の身に降りかかってきたという驚き。
そして、相手は拓武だという。拓武は確かに素敵だと思ったが、初恋もまだな李江にとって、いきなり『婚約』というのは非現実的すぎた。酒の席での戯れ言だろうし、本当に自分のところまで話はこないだろう、父と母が断ってくれるだろうと思いつつも、拓武が自分に対して好意を持ってくれている様子は、素直にうれしかった。
海岸に出て、空を見上げると、満天の星空。天の川に北十字こと、白鳥座が輝き、琴座のベガ、わし座のアルタイルが、天の川の両岸に瞬いている。七夕の、織り姫と彦星。
「……結婚、かあ」
純白のウェディングドレスに身を包んだ自分が、バージンロードの先で待っている拓武の手をとる場面を想像して、李江は赤面した。
「いやいやいやいや、そんな、何考えてるの、私、気の早い」
ひとりごちると、自分の方へ向かって走ってくる人の姿があった。
……拓武だった。
「李江ちゃん、もしかして、さっきのリビングの話、聞いちゃった?」
答えるまでも無く、李江は赤面していたが、月明かりもない夜の事で、拓武にはわからない。しかし動揺して固まる姿は拓武にも伝わったようで、
「ごめん、うちの親父が勝手な事を……」
「いえ、そんな……」
声がうわずって、裏がえるのが恥ずかしく、李江は思わず顔をおおいたくなった。
しばし、二人とも無言になる。静寂を破ったのは拓武だった。
「あ!今!流れ星!」
急な大声に李江は驚いたが、
「あー、もっと早く気がつけば、願い事、言えたかなー」
心から悔しそうに拓武が言うので、李江は言った。
「流星群の時期だったら、多分もっとまとまっていくつも見られますよ」
「あ、獅子座流星群、とか、よく聞くね、李江ちゃん、そういうの好きなの?」
「高校で天文部なんで……。流星群観測をしてると、一時間に何個も見られますよ」
「じゃあ、願い事もたくさんできるね」
そう言って、無邪気に笑う拓武の顔は、驚くほど幼く見えた。
「あ、それ、友達や先輩ともよく話すんですけど、流れ星が消えるまでに三回ってなると、あまりたくさんの言葉だと言い終わらないんですよね、で、結果的に何が一番いいかという結論があるんですが、聞きたいですか?」
まじめくさった顔で李江が言うと、拓武も神妙にうなづいた。
「金、金、金、です」
李江が、そうきっぱり言うと、
「ロマン、ないなー」
と、顔をくしゃくしゃにして、拓武が笑った。
「なんか、観測してると、観測対象って感じで、ロマンチックとはどんどん遠くなっていっちゃうんですよね……、途中で居眠りしないように皆で歌を歌ったりしちゃうし……このあいだの流星群観測合宿は何故か昭和歌謡曲が流行して、皆でムード歌謡を歌いながら観測してました」
「……部活、楽しい?」
突然、拓武がやさしい声で尋ねた。
「はい、すごく」
李江が、素直に答えた。
「僕も見てみたいな、流星群」
「個人的なおすすめはオリオン座流星群ですね、夏だったらペルセウス座流星群なんでしょうけど、夏ってあまり天気が安定しなくて。私もそんなに天体観測のキャリアがあるわけじゃないんですけど、今まで見た中で、一番たくさん流れたのってオリオン座流星群なんです」
「……じゃあ、今度僕と一緒に見ない?オリオン座流星群」
「あー、今年は部活の観測合宿が入ってて……でも、再来年なら、もう高校も卒業しているはずですし」
「……わかった、じゃあ二年後、李江ちゃんが十八歳になったら、一緒に見ようか、オリオン座流星群」
それまでつきあいが続いているか、とか、二年も先の約束ってどうか、などの言葉が、一瞬李江の脳裏をよぎったが、拓武があまりにもまじめくさって言うので、李江も少し考えてから、
「そうですね、じゃあ二年後に」
『オリオン座流星群を見ましょう』
拓武がすっと右腕を出したので、李江も素直に手を出して握手をした。拓武の手は大きく、暖かかった。
「どうでしょう、李江ちゃんと拓武が結婚したら、お互いの会社にとってもメリットが大きいのでは」
拓武の父の声だった。
「父さん、何言い出すんだよ、急に!」
あわてている声は拓武のようだ。
「まあ、そういう事は、本人同士が決める事ですし……」
やんわり答えているのは李江の父だ。
「そうだよ、そんな事を急に言い出したら、李江ちゃんだって、芦名さんだって困るじゃないか」
「……お前は困らないのか?拓武」
そう言って、拓武の父が続ける。
「どうですかね、拓武も李江ちゃんもまだ学生ですが、婚約だけでも、というのは」
拓武は、絶句し、次の言葉が続けられないようだ。
李江は、驚いて、気配を悟られないように別荘を飛び出した。
十六歳の李江にとって、婚約も結婚も絵空事の世界の言葉だった。ドラマや小説の中の言葉が、急に自分の身に降りかかってきたという驚き。
そして、相手は拓武だという。拓武は確かに素敵だと思ったが、初恋もまだな李江にとって、いきなり『婚約』というのは非現実的すぎた。酒の席での戯れ言だろうし、本当に自分のところまで話はこないだろう、父と母が断ってくれるだろうと思いつつも、拓武が自分に対して好意を持ってくれている様子は、素直にうれしかった。
海岸に出て、空を見上げると、満天の星空。天の川に北十字こと、白鳥座が輝き、琴座のベガ、わし座のアルタイルが、天の川の両岸に瞬いている。七夕の、織り姫と彦星。
「……結婚、かあ」
純白のウェディングドレスに身を包んだ自分が、バージンロードの先で待っている拓武の手をとる場面を想像して、李江は赤面した。
「いやいやいやいや、そんな、何考えてるの、私、気の早い」
ひとりごちると、自分の方へ向かって走ってくる人の姿があった。
……拓武だった。
「李江ちゃん、もしかして、さっきのリビングの話、聞いちゃった?」
答えるまでも無く、李江は赤面していたが、月明かりもない夜の事で、拓武にはわからない。しかし動揺して固まる姿は拓武にも伝わったようで、
「ごめん、うちの親父が勝手な事を……」
「いえ、そんな……」
声がうわずって、裏がえるのが恥ずかしく、李江は思わず顔をおおいたくなった。
しばし、二人とも無言になる。静寂を破ったのは拓武だった。
「あ!今!流れ星!」
急な大声に李江は驚いたが、
「あー、もっと早く気がつけば、願い事、言えたかなー」
心から悔しそうに拓武が言うので、李江は言った。
「流星群の時期だったら、多分もっとまとまっていくつも見られますよ」
「あ、獅子座流星群、とか、よく聞くね、李江ちゃん、そういうの好きなの?」
「高校で天文部なんで……。流星群観測をしてると、一時間に何個も見られますよ」
「じゃあ、願い事もたくさんできるね」
そう言って、無邪気に笑う拓武の顔は、驚くほど幼く見えた。
「あ、それ、友達や先輩ともよく話すんですけど、流れ星が消えるまでに三回ってなると、あまりたくさんの言葉だと言い終わらないんですよね、で、結果的に何が一番いいかという結論があるんですが、聞きたいですか?」
まじめくさった顔で李江が言うと、拓武も神妙にうなづいた。
「金、金、金、です」
李江が、そうきっぱり言うと、
「ロマン、ないなー」
と、顔をくしゃくしゃにして、拓武が笑った。
「なんか、観測してると、観測対象って感じで、ロマンチックとはどんどん遠くなっていっちゃうんですよね……、途中で居眠りしないように皆で歌を歌ったりしちゃうし……このあいだの流星群観測合宿は何故か昭和歌謡曲が流行して、皆でムード歌謡を歌いながら観測してました」
「……部活、楽しい?」
突然、拓武がやさしい声で尋ねた。
「はい、すごく」
李江が、素直に答えた。
「僕も見てみたいな、流星群」
「個人的なおすすめはオリオン座流星群ですね、夏だったらペルセウス座流星群なんでしょうけど、夏ってあまり天気が安定しなくて。私もそんなに天体観測のキャリアがあるわけじゃないんですけど、今まで見た中で、一番たくさん流れたのってオリオン座流星群なんです」
「……じゃあ、今度僕と一緒に見ない?オリオン座流星群」
「あー、今年は部活の観測合宿が入ってて……でも、再来年なら、もう高校も卒業しているはずですし」
「……わかった、じゃあ二年後、李江ちゃんが十八歳になったら、一緒に見ようか、オリオン座流星群」
それまでつきあいが続いているか、とか、二年も先の約束ってどうか、などの言葉が、一瞬李江の脳裏をよぎったが、拓武があまりにもまじめくさって言うので、李江も少し考えてから、
「そうですね、じゃあ二年後に」
『オリオン座流星群を見ましょう』
拓武がすっと右腕を出したので、李江も素直に手を出して握手をした。拓武の手は大きく、暖かかった。