【短編】甘えないで、千晶くん!
「……で」
「ん?」
「っ、行かないで…っ」
胸が苦しくて、息が詰まりそう。
必死に絞り出した声が震えているのが自分でも嫌になるくらい分かる。
「甘えちゃ、やだ…っ!」
本当は、聞きたいことが沢山ある。
どうして無視するの、とか。
さっきの恋人繋ぎはなんだったの、とか。
もしかして怒ってるの、とか。
いっぱいあるのに、口から出てくるのは子供みたいに情けない言葉たち。
「っ、ほ、他の人に甘えないで、千晶くん…っ」
勝手に溢れてくる涙はビーズみたいに頬を転がって、ぽろぽろと床に落ちていく。
かっこわるくて、みっともない。
こんな姿、いっそ笑ってくれた方がまし。
でも、そんな私の涙を拭う千晶くんの手は暖かくて。
「ごめん、佐藤くん、だっけ?」
「うん?」
「悪いけど、もらってくね」
千晶くんと掌を重ねるのは、本日2度目。
心地いい体温が、私をさらっていく。