ブーケ・リハーサル
「はい。付き合っていたのに会社の後輩と浮気して、その子とできちゃった婚をしました。しかも体裁のためだけに同僚として結婚式に呼ばれて、ご祝儀まで払ってやりました。バッカみたい」

 副社長はなにも言わなかった。

「会社を辞めたのは、そんな人がいる会社に勤めるのが嫌だったからです」
「そっか。あの奥さんのほうから、ただならぬ空気を感じてね。そのうえ由梨は一瞬にして人形みたいに無表情になったから、なにかあったんだろうなとは思ったけど。その通りみたいだね」
「あんな人たちのために、恋人のフリまでさせてしまってすみません」
「いいんだよ。仕掛けたのは俺だし。あの二人の顔、傑作だったな。由梨はなにも悪くない」

 そう言って副社長は、私の肩を抱き寄せた。

「副社長の声って、不思議です」
「そんなに神秘的な声してる?」
「違いますよ。副社長の声を寝る前に聞くと、ちゃんと眠れるんです」
「眠れない日があったの?」
「眠れないわけではないんですけど、なかなか寝付けないんです。結婚式に出た日から。でも、副社長に間違い電話をしてしまった日、すぐに眠れたんです」
「なら、どうして電話してこなかったの? 眠れない日にでも電話してって言ったよ」
「副社長にそんなに甘えられません。だって、毎日眠れない日だったから」
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