ブーケ・リハーサル
　副社長の腕の中は暖かくて安心できた。このまま、副社長の声を聞きながら眠ってしまいたいと思った。

「なにか話してください」
「なにかって？」
「じゃあ、うちの会社のrhodon（ロードン）って意味教えてください。あと社名の由来も。会社のホームページにも載せてないですよね」

「ロードンはギリシャ語でバラのことを言うんだ。うちの会社の創設者。つまり俺の先祖になるんだけど、創設者の奥さんはすごく目が悪くて、彼は妻のためにメガネを自分で作ってあげるんだ。それをかけた奥さんが最初に見たのが真紅のバラだったんだ」

「素敵ですね。バラって言えばブーケですよね。それが一番取りやすい場所はどこか知ってます？　それは一番前なんですよ。ちょっと意外じゃありません？　ブーケって軽いから結構後ろまで飛びそうな感じがしません？　でも全然飛ばないんです。私、ブーケに絶対に触りたくなかったんで、一番後ろにいたんですよ。予想通り、最前列の人がブーケを取ったんです。あのブーケで幸せになれるのかな。幸せになれるブーケが……ほっ……し……」

　私の意識はそこで途絶えた。最後に副社長がなにか言った気がした。

　漏電の修理は終わり、私はアパートに戻った。副社長はあれから何事もなかったように私に接している。仕事なのだから当然だ。ただ、副社長から電話が掛かってくることはなくなった。映画が放送されている日でも。
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