あなたしか愛せない~皐月お兄ちゃん編~
生徒指導室に来ても、夏帆は黙ったまま座っている。
「平…」
夏帆を名字で呼ぶのは違和感を感じる。
「たいら」
返事をしない、夏帆。
本当に何かあったのか?
「…っ、夏帆!」
強めに呼ぶと、パっと顔を上げた夏帆。
「聞いていたのか?」
「え…あ…」
聞いてなかったのか…
「…お前、寺田と知り合いだったのか?」
「寺田?」
首を傾げる、夏帆。
これは、知らないな。
「一緒に入学式抜け出した奴だよ」
「あのヤンキー、寺田って言うんだね」
へーっと頷いている夏帆に、イラッとしてしまう。
知らない奴に付いて行くなよ。
って、これは違う…
俺が言わなきゃいけないのはー…
「あんま仲良くすんな。中学と違って高校は義務教育じゃないから、成績や内申が悪くなれば留年や退学もあるんだぞ」
教師としてのー…
「…綺麗って言ってくれたもん」
そう言った夏帆は、ふてくされた顔をしている。
…綺麗?
「あのヤンキー…寺田くんは私のこと綺麗って言ってくれた」
小さな声でボソッと言った声だったが、よく聞こえた。
急に何だ?
「そうか良かったな。でも今はそんな話じゃなくて…」
綺麗って言われたなら、もっと嬉しそうな顔をすればいいのに。
そんなぶすっとした顔じゃなくて。
「…私は、皐月お兄ちゃんから言ってもらいたかった」
…え?
夏帆の顔を見ると、さっきとは表情が違った。
悲しそうな顔をしている。
「皐月お兄ちゃんに似合う女になるために、綺麗になったのに!!!他の人に言われても意味ないの!!!」
そう叫んだ夏帆の肩は震えている。
「…夏帆」
泣くのを我慢している。
夏帆が10歳の時から見てきたからわかる。
「私は…諦めないから。結婚なんて認めない」
真っ直ぐな目を俺に向け、そう言った夏帆。
この目も変わっていない。
俺が怖いと思った目ー…