ずっと前にね
「友達と遊んでくる。そんときは海に来て俺が友達になってお前の愚痴でも聞いてやる。部活に行ってくる。そんときは森に来て部活の顧問としての俺の愚痴を聞け。そうすれば、嘘にはなんねぇだろ」

その日があってから、一人だった私の世界に祖父母以外の人が見えるようになった。まだ遠く、遥か遠くで黒い点でしか見えないけれど柏崎先生はそこにいてくれた。
海で一緒に地平線を眺める時は手がぎりぎり届かない距離を保ってくれて、絶対に私が見えなくなるまでは座って動かないでいてくれた。森で一緒に散歩する時はポケットに手を入れて振り返る事なく前を歩いてくれていた。
誰かを信じられた訳ではないし、柏崎先生が本当に良い人なのかもよく分からない。兄や義父も小学生に上がる前から一緒にいてそんな素振りを見せた事がなかった。けれど、中学生になってから本性を現し始めた。だから、柏崎先生もいつか豹変するかもしれない。今は話しかしないけれど、いつかその手が伸びてくるのかもしれないと思うと視界に入る事すら嫌だった。
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