内実コンブリオ
今日は雨が降っている。
これはきっと誰かの涙。
…でも、自分のではない。決してない。
だって、自分からは感情の水なんてもう出ない。
過去に流れ出たとすれば、小学2年生の時。
算数の宿題として出た砂時計の問題が解らなくて、やけになってそのプリントに鉛筆で穴をあけたら、お父さんにこっぴどく叱られた時だろうか。
あれがきっと最後だと思う。
それにしても、すごい降りだ。
今日の雨は、格が違う。
降りがあまりにも素晴らしくて、前が見えない程。
どうしよう、これ帰れるかな。
そんな事を考えていると、自分が何より苦手とする連中の声が聞こえてきた。
野球部だ。
何故かはわからないけれど、四六時中付きまとってくる。
自分なんかに世話やくなんて、よっぽど面白い事がないのね。
なんて可哀相な人たち。
でも言わない。言えないし。恐いから。
いつもきまって自分の前に立ちはだかる、今も。
とっととカッパに着替えて帰ろう。
こんな所に1秒でも居たくない。
「咲宮さんっ!」
ほらまた。
自分はいつもの様にだんまりを決め込む。
「付き合ってくださいっ!」
本当にうっとうしい。
いい加減にしてほしいもんだわ。
…でも、何かいつもと様子が違う。
ばれない様にチラッと目だけを動かして、周りの風景を見てみれば、珍しく先頭には栗山くんがいる。
今日は水川じゃなかったんだ。
栗山くんも同じ野球部の連中には変わりないのに、身体がいつもとは違う感情で熱くなってくる。
何でかは、わからないけど。
どっちにしろ、さっきからこの人は一体何を言っているんだろう。
いつものからかいには変わりないのに、自分は意味を探っていた。
「…っす」
最後に何かを言ったのが聞こえたけれど、いつもの栗山くんとは想像もつかないくらい小さな声は、自分には届かずにその場に落ちていった。