精算と破壊の終焉
0────精算
美しいフランス王朝は終わりを告げ、
街のあちこちでは、今迄を一つとなってフランスを打った民衆が、やんやと黒煙をあげるのだった。

起こるべきして起こったフランス革命だが、
今やその変革にフランスは耐えることが出来ず、崩壊寸前だった。

フランスには、嘗て王を守ろうと死線を張った王党派と、その騎士達。
フランスを打とうとその騎士達と戦い、前線となった共和左派。
それを支持する共和右派。

その過激な党派の民衆が黒煙の原因である。
中でも特に共和左派の者達は過激で、王党派を許す事が出来ず、街でその人物が王党派と分かれば、まるで国を代表する様に『制裁だ』と暴動に発展することが当たり前となった。

ヴェルサイユ宮殿から、美しい石畳の坂を抜け、下って、下って……幾つもの十字路を抜けると、クモの巣が集中する様に7つの小道を集めた交差点。
その一つの角にある、半地下の小さな借家。部屋は一つの階に1部屋。
トイレも風呂もある。1人で住むのなら十分な快適さだ。
その半地下の玄関を通り、4階まであがる。

其処が、彼の部屋だ。
打ちっぱなしの壁に、重たく取り付けられた木製の玄関扉。
大きなノッカーが扉の中心に鎮座している。


その大きなノッカーを、白く綺麗な手で掴み、ちょっと控えめに打ち付けた。

────ガンガンガン!!!!!!

「おはようございます」
控えめに打ったはずだが、思った以上のその音に、肩を竦める。

彼女の名はオディール=ヌーウェイル。
何とも美しい名を持つ女性。
フランスの文学誌『セーヌ』の編集部社員だ。
白く見える程の明るい髪に、緑の宝石の様な瞳。フランスには珍しい容姿をしていた。

オディールは両手で大きな茶封筒を抱え、部屋の中から返事を待つが……
返っては来ない。

「ロードさん!居るんでしょう?」

返事はない……
オディールが諦め、もう一度大きなノッカーに手を置くと、後ろから声がかけられた。

「可笑しいですね、今月の家賃は払った筈ですが……?」

発音の美しいフランス語。
オディールがすぐに振り返ると、そこには黒パンを抱え、空いた手で口元に手を置きクスクスと笑う黒髪の男。
この男が家主のロード。
シュヴァリエ=アン=ロードという名らしいのだが、シュヴァリエ=騎士。ロード=王。
一体何なんだと、そのひっちゃかめっちゃかな名前に、オディールは初めてあった時、そればっかりを考えていた。
「王なんですか?騎士なんですか?」と聞くわけにもいかず……
そればっかり考えすぎて、当時、気が付いたら此処でお茶を飲んでいた。


「家賃の取り立てではありません」
振り返った彼女は彼に扉前を譲る。
ロードはコートの内ポケットから大袈裟なほど大きな鍵を取り出し、部屋の扉に差し込んだ。
少し屈んだロードから、不思議な香の様な香りと、整った顔が近く真横になる。
チラッと横目で目が合って、オディールはその距離に恥ずかしくなると、また、数歩後ろに下がった。
彼の整った顔に慣れないのだ。
────ガチャン
大きな鍵の音で、屈んだ身体が遠くなると、またオディールは元の距離。
「あの、有名な評論家が評価したのに!勿体ないです!我が雑誌で連載を書いてください!」
「ほら、私からしてみれば、家賃の取り立てと差異ありません」
────ガチャ
大きな扉を開ける音。

「お茶を、飲んでいきますか?」
ひらりと手で部屋へ案内されるが、それに応える理由でもなく、
その場でぎゅっと茶封筒を抱えたまま、ロードを見上げる。

「…連載を…書いてくれますか?」
誘いの質問を質問で返すオディール。

ロードはオディールから茶封筒をスッと引き抜いた。
「その契約書にサインを頂けるだけで良いの。だから……」
「連載はしなくて良いんですか?」

そうクスクス笑って、ロードは部屋に入っていく。
「だ、それは駄目!サインをしたら連載をしてくれないと困るんです」

「ほら取り立てと変わらないではないですか」と、部屋に入るロードを追いかけ、オディールも中へ。



部屋は綺麗……とまではいかないが、物は極端に少ない。
が、散らかすものは多かった。

積み重なった錬金術の書物。
そして小さな天文台と天体望遠鏡。
背もたれのない木の椅子には大量の観測記録の資料が置かれていた。
床にも観測記録の用紙は散らばっている。
用紙を踏まないよう、足の踏み場に悩み、その場で足を揃えたオディール。

ロードはコートを脱ぎ、コートハンガーに引っ掛け、振り返ると、部屋の真ん中に突っ立ったオディールに、
さも当たり前の様に、黒パンを渡した。

ロードは奥に置かれたデスクに一直線に向かい。
そこへ座る。

「そんな所で突っ立って、何してるんですか?」

羽根ペンを手に持ち、ロードが机に頬杖を付く。
その様子に、「もう」とボヤいた。
しかし、ロードがサインをしてくれるのかと期待を心に、
足元を気を付けようとしてるのだろう、ぴょんぴょんとデスクに近寄ってくる。

その姿がとても可愛くて可笑しくて、ロードは吹き出してしまった。

「笑わないでくださいっ!」

キチンと置かれた茶封筒。
羽根ペンを持った彼に少し期待したが、一向に茶封筒に手をつける様子はない。

今日も駄目か……と、オディールは肩を落とした。
そして、違う話へ……

「此処へ来る途中も、高く登った黒煙を見ました……王党派と共和左派って所でしようね」
ロードは窓の外遠くを見、そう独り言の様に言葉を投げる。
4階からは、坂の途中の暴動による黒煙が見えた。
これは毎日。
王党派は自身が王党派である事を自然と隠すようになった。

「ともあれ、貴女よく無事でしたね!」
そんな事でパァっと笑ってオディールへ向くロード。

「流れ弾が掠めましたよ!
逃げる様に坂を下ってきました。

こんなのが何年も続いては……まだフランス革命から3年と経ってないのに、パンを買う事もままなりません……
外なんか歩けませんよ」

オディールは「もう」と腕を組んだ。

「パンくらいなら、あげますよ。
こんな情勢は長くは続きません。
直に終わります……
ただ、終わり方は示してやらねばなりません。
誰かが……」

またロードは窓へ……
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