マリンシュガーブルー
数日後、新しいドレッシングをビネガードレッシングと一緒に並べて置くことにした。
その日、また彼がやってきた。今日も蒸し暑いというのに、相変わらずのノーネクタイの白ワイシャツに黒スーツ姿で、相変わらずの厳つい目つきに不精ヒゲ。
いつも通りのオーダー、今日のランチは『カツオの手こね寿司』。サラダバーのセット。食後はアイスコーヒー。
「これ。新しいドレッシングですか」
宗佑の新作ドレッシングに気がついてくれた。
「はい。夏向けに。それからお子様が食べやすいように、酸味をまろやかにしています」
「試してみます」
真剣な顔で彼が言う。笑みもないけれど、眼差しはいつも真摯に思えた。
新しいドレッシングは『ソイミルクオレンジ』。豆乳とオレンジの果汁でマヨネーズ風にしてあるものだった。ランチタイムで接客も忙しい中、黒い彼がサラダバーで好きな野菜を木のボウルに入れて選び、戻ったテーブルでソイミルクドレッシングで味わっているのを美鈴は確認する。
他のお客様が食べ終わったお皿をキッチンに下げると、弟もフロアにいる彼を気にしていた。
「どうかな。あの人、気に入ってくれたかな」
「試していたみたいだよ。でも感想はどうだろうね。そんなこと今までだって、ひと言も口にしたことないもの」
「ないけどよ。ないけど、なんとなく、なあ」
うん、わかる。言葉なくてもなんとなく……。美鈴も感じている。彼がここの食事を丁寧に味わってくれていること。美鈴よりも料理人の宗佑にはぴんと来るものがあるのだろう。あの客は味わってくれている。真っ当な評価をしてくれる人だからと。