マリンシュガーブルー
「そうですね。暑くなりましたね」
笑みもなにもない、ほんとうに入ってきた時のままの鋭い目線は恐ろしく、美鈴の身体は硬直する。でも……語り口は柔らかで、優しい。
きっと、インバウンドの入電で当たったお客様だったなら『落ち着いた大人の男性。こっちが安心しちゃう』とうっとりしながら対応できるお客様のイメージ。でも、彼の風貌は……。ノーネクタイの白ワイシャツに黒いスーツ姿。厳つい顔。どうみても清潔感を必要とするビジネスマンではない。
むしろ弟の宗佑(そうすけ)と予想しているのは『あぶない組織の人』ではないかということだった。
だから、無難に対応して欲しいというのが店長である弟の、彼への接客方針だった。
この男、週に一回か二回、多い時は三回来る。有りがたい常連様だけれど、客商売をしているといろいろなお客がやってくる。
それでも商売をしている以上、どの方も大事なお客様。
今日も静かに食事をして、何事もなく帰ってくれたらそれでいい。彼が騒ぎをおこしたこともないし、文句を言われたこともない。こちらが第一印象で決めつけるのはよくないけれど、どう見ても……目つきが、風貌が『怖い雷神様』の絵を思い出す、そんな風貌。
彼が来るとランチで華やいでいる空気が一変することがある。特に女性客はやや怯えた表情に固まり、目線を逸らす。トラックドライバーは食後にくつろいでいるところ、そそくさと店を出て行く。誰も彼もが彼の異様な厳ついオーラーに凍り付いてしまうのだった。