マリンシュガーブルー
こんなふうに彼がこちらを気にして尋ねたのも初めて。ここでほんの僅かの違和感を持ったが、美鈴の中ではすぐに消えた。
「マスターが夜はどのようなものを作っているのか気になって気になって……。やはりうまそうですね。大人のハッシュドビーフ、サラダバーセットでお願いします。食後はホットコーヒーで」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
窓の外はもう暗い。港の灯りと入港してきた船のライトが赤く光っているのが見える。その窓辺に今夜は彼がいる。明るい青空が見えるランチタイムに見る彼と少し違う雰囲気。重厚な男の空気がより重厚になって取り巻いている。
でも、それがいつもよりかっこよく見えてしまった。だめだめ。彼は入れ墨がある人なんだから……。美鈴は雑念を振り払い、キッチンにいる弟にオーダーをしたついでに『あの人だよ』と伝える。
弟も驚いて少しだけフロアを覗くと、なんだか気合いを入れて準備を始めた。
ランチタイムと一緒で、食後のコーヒーまでゆったりと過ごしてくれている。見えぬ夜の海に時々目を懲らしている。
長話の女の子達が『ご馳走様でした』と店を出て行ったその後、最後の一人になった彼が席を立つ。
レジで待っていた美鈴の目の前に、黒いスーツ姿の彼が立ち止まる。
弟も最後の客なのでキッチンから出てきた。
彼が弟を見る。
「マスター、うまかったです。いつもご馳走様」
彼が初めて微笑んだ。弟は話しかけられたことでかえって緊張したのか照れ笑いをするだけ、美鈴は彼の微笑みに釘付けになる。そして弟に若干の嫉妬をした。
こんな優しい微笑みを初めて見せてくれたのが、宗佑のほうだなんて――と。それでも彼の笑顔が見られて嬉しくて、ぼうっとしてしまった。