マリンシュガーブルー
潮の香とオレンジの匂いと、彼の匂い。気のせいではなかった。
ドアがそっと開く。
「こんばんは」
もう息が止まりそうなほど驚き、言葉が出ない。
宗佑もドアが開いたため、キッチンから出てきて、彼が来たと知り驚きで硬直していた。
「お久しぶりです。閉店ですか、間に合いませんでした」
厳つい男と警戒していたのに、いまそこにいる彼の何もかもが穏やかで優しく見える。
男に表情もあった。憂いを含めた眼差しで、でも、申し訳なさそうな微笑みを湛えていた。
あの時のお礼を、美鈴が一歩、レジカウンターから出て彼に向かおうとした時だった。
「帰ってください。二度と、この店には来ないでください」
美鈴の背中から、宗佑の張りのある声が店内に響いた。
男も微笑みを消した。憂う眼差しだけが残る。哀しそうなその顔に、美鈴は悟る。『お別れに来たんだ』と。
「ご迷惑をかけたので詫びに参りました」
「迷惑などかけていません。むしろ……、姉を助けてくださってありがとうございました」
美鈴が先にしたかったのに、コックコート姿の宗佑が深々と頭を下げていた。
「無事で良かったです。あの男達が出入りしているのを見てしまったので、もしやと思って」
「感謝しています。本当は……また食べて頂きたいです。ですが、ご遠慮ください。お願いします。あのような組織の客を引き入れてしまい店は打撃を受けました。あなたは、あの男達に関わっているかもしれないのですよね」
警察からも彼についての報告は一切なかった。そして、彼はヤクザ達にもそうだったように、なにも答えてくれない。