マリンシュガーブルー
それでも宗佑の腹は決まっていたのだろう。容赦ない店長からの通告。
「残念ですが、二度と、うちには来ないでください」
お願いします。頭を深々と下げるその姿が、宗佑の心苦しさを表していた。弟にとって、いちばんの常連客だった。自分の料理を愛してくれる人だった。その人を、身分ひとつで切り捨てる店長の決断。その苦さはいかほどか。
「わかっています。そう思って最後に……、図々しく、あと一度だけ、マスターの手料理を食いたかった。それだけだったんです。覚悟もしていました」
警察に追われているのに、弟の料理に別れを告げに来た。それがわかって宗佑が顔を上げると、一瞬の迷いを見せていた。やっぱりこれからも食べてもらいたいという料理人の気持ち、でも宗佑が選んだのは涙を呑んで、彼を見送ること。経営者としての決断だった。
「お姉さんもお元気で。ご姉弟でどうぞ頑張ってください。影ながら応援していますから」
男も一礼をしてくれた。そのまますぐに身を翻し、ガラス戸を開け出て行ってしまった。
「うそ、なんで来たの」
いまの弟とのやりとりを黙って見ていたのに。美鈴はいま正気になったようにして呟いた。
「いや……。待って……」
レジカウンターからやっと足が一歩動く。
姉ちゃん!
弟が叫ぶ声が後ろから聞こえたけれど、美鈴はエプロン姿で店の外に飛び出していた。