マリンシュガーブルー

 ほんとうはこれっきりで別れなくてならないはず。
 そして彼も、本当は? 優しいふりして、美鈴とこれっきりここで別れようとしている? 傷つけないように? 
 大人の女なら、うまく、綺麗に、優しく別れてくれ?

「うん、待ってる」
「じゃあ、美鈴」

 最後のキス。セックスの時の熱くて濃厚なあちこちを濡らされるようなキスではなくて、優しくて、でも別れを惜しむ甘いキス。

 ずるいと思った。でも彼の目が、美鈴が信じている惹かれた真摯な黒目。
 そう、私はこの人を信じると言ったんだから。

「いってらっしゃい、尊さん」

 彼がすこし驚いて、なんだか泣きそうな顔になってしまった。それって私を裏切るから泣きそうなの? 泣く泣く捨てるから? それとも……?

「行ってくる」

 あの厳つい顔に戻ってしまった。背を向け、寅を背負った男が去っていく。

 あの仮住まい。彼はここになにかがあって身を寄せているだけで、ほんとうはこの街の人間ではない。仕事なのか任命なのか、またどこかへ行ってしまうような人なんだ。

 でも美鈴は信じる。寅を背負っていても、彼は、尊さんはそんな人ではないと。


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