マリンシュガーブルー
 それでも莉子にわざわざ、彼と愛しあった後だけれど生理が来たよなんて告げていない。でも一緒に暮らしていると、そういう様子は女同士には判ってしまうもの。莉子はそうして知ってくれていたのだろう。

「だから、私ももう……。なんともないから」
「そっか……、ど、どうなるかと思った。あの夜、やっぱ引き留めるべきだったって」
「ありがとう。あの日、私を行かせてくれて。きっと……。死ぬ時まで忘れないと思う」

 千円札と一万円札を数えながらも、そう言いきった姉に弟がとてつもなく驚いている。

「そんなに……?」

 美鈴は静かに頷く。

「くっそ。なんで、なんで、ヤクザなんだよっ。そうでなければ俺だって!」

 美鈴だけではない。宗佑もいちばんの常連客を失ったのだから。彼に食べて欲しくて、でももう彼が来るはずもなく、自分で追い出してしまった虚無感に襲われてる。彼がこれを食べてなんと言ってくれるのか、怖い顔をしていても、あの人が食べて美味いと感じてくれた時には、ちゃんと表情がある。弟はそれを励みにしていた。

 彼に出入り禁止を通告した後、弟も苛立っていた時があった。あの人が来るから、こういうものを作ってみようと未だに思ってしまうこともあるようで、でもそうじゃないと溜め息をついていた。

「もう、いいじゃない」
「そうだな。これでお終いだ!」

 だから姉ちゃんももう忘れろ。念を押された。
 群青の空に溶け込む港、今日も静かに『Dining cafe Marina』の灯が落とされる。


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