マリンシュガーブルー
「そうだったのですか、でも、それじゃ……、尊さんはやってはいけないことを私としてしまったのですか」
「えっと……、あの夜は、捜査が完了して、仮住まいの部屋を引き払い広島に帰る前だったので、……」

「お仕事にケリがついたから、だったのですか。それなら、弟にそう言ってくだされば」
「そう簡単に捜査内容は話せませんし、あの時は美鈴さんが俺に飛び込んでくるとは思わなかったので。嫌われたまま去ったほうが俺も気持ちの整理がつくと思っての、最後の来店でした」

「でも、いま、私に捜査していたこと、」
「話さないと、俺ものになってくれないでしょう」

 強く挟まれた彼の言葉に、今日は美鈴が面食らう。

「え、あの、俺のものって」

 彼が照れて黒髪をかいて気恥ずかしそうに目線を逸らした。

「あんな、名も知らない男に、なにも持たずに飛び込んできて、俺がどんな男でも信じると言ってくれた女性ひとですよ。これ以上、素晴らしいことはないでしょう。捜査上あの街で活動していたから弟さんの店を知ったのだけれど、あなたのことは春先からずっと見てきた。どんな女性か知っている。姉弟で慎ましく生きている、シンプルな姿でも声も佇まいも綺麗な女性。手に届かない、近づいてはいけない。俺は迷惑をかける。俺とはあり得ない。そう諦めていた女が、」

 尊の目線が戻ってくる。隣の椅子にいる彼が、姿勢を改め、美鈴へと真っ正面に向いた。
 あの黒い目の真摯な眼差しが、美鈴へ注がれる。

「美鈴さん。俺と一緒になってくれませんか」
「え……」

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