God bless you!~第4話「臆病と、その無口」・・・修学旅行・前編
「ちょっと遊ぶ?」
旅館に到着するや否や、ノリだけには事情を話し、メシをカッ込み、剣持とは別のグループから、「夜に私服でゲーセン行こうぜ」とか、「女子部屋にシーツ被って乱入しようぜ」とか、そんな誘いを上手く交わして、俺は宮原と待ち合わせた旅館の外までやってきた。
誰かに見つからないように慌ててバスに乗り込み、きゃっ!とスリルに浮かれる宮原を落ち着けとばかりに抑えながら、停留所を3つ先で降りて、川のほとりまでやってくる。大きな川沿いに広い遊歩道がしつらえてあり、人も自転車も、地元民が悠々と行き来していた。
「こっから三条大橋まで歩いて、そこでプイと別れちゃえば見つかんないよ」
らしい。
もう当たり前のように、宮原と手を繋いで、並んで歩いた。
これはもう決まりなのか?
この期に及んで、何故か、自分自身に問いかけている。
宮原はスカートは制服を着用していたものの、上は淡いイラストの入った普通に白っぽいTシャツで、パッと見て私服姿にも見えた。こっちも上は黒っぽいTシャツで(暗闇に紛れて見つかりにくいと)、下は部活で着ている濃紺ジャージである。学校名と名前部分が隠れたら、アディダスと間違われてもやぶさかではない。
2人並んで歩けば、こんなに暗くなっても地元の高校生が放課後の延長でデート中だね……自然に、そう見えるだろう。暗いといっても、遊歩道はまばらに人が歩いていた。イヌの散歩やら、俺達のように高校生とおぼしき団体やらで、たとえ独りで歩いたとしても危険とは程遠い。
川のほとりを行けば、風が心地よく額をなぶる。
「あたしら1組はお風呂が早くてさ。髪の毛だけは洗いたかったから、パッと入ってきちゃったけどね」
よく見ると、まだうっすら濡れている。
宮原は仕切りに指を通して、髪に風を送り込んだ。
「俺は後で5組と一緒に入るかな」
「ねぇ、5組のユエちゃんってどうしたかな」と俺に?聞いている?
「知らないけど」
「ミカちゃん達と遊びに行くからって、先にお風呂入ろうかどうしようか、迷ってたから」
ミカちゃん達とは女子ではなく、1組でどこか可愛い雰囲気を持つ男子の集まりの事である。
女装して部屋に潜り込もうと企んでいるとかで、宮原とはしばらく、そんな雑談で盛り上がった。宮原と俺は、知り合いが被っているので、打てば響くというのか何かと話が通りやすい。存外、気が楽。
宮原は、昼間の甘い香りとは違って、クールな石鹸の匂いを漂わせた。
お昼に会った時よりも髪のボリュームは減っていて、化粧もしていない。
部活で良く見かける、つるんとした雰囲気である。
それを言うと、
「先輩が怖いから、部活んときは仕方なく後ろで結わえて。変な癖がつくから本当は嫌なんだけど」とか言いながら、ポーチから、「さっきコンビニで買っちゃった。KATEの新色」とやらを取り出して、さっそく唇につけた。
「変?」と訊くので、「ううん」
その色は宮原に合っている。「いいと思う」
こういう時、女子という生き物が分からない。昼間付けていた色と大して違わない気がするのに、それでもわざわざ買うのか。
女子は小さな変化も楽しめる。そこが羨ましいと思う反面、その小さな変化にいちいち何かを考えて唱えろと求められる事に対して、こっちはどこか面倒くさいと感じてしまうのだ。
「あそこ、座ろ」
宮原がベンチを見つけて、2人で落ち着いた。
周りを見渡すと、少し離れた隣のベンチも、川向こうのベンチも、どれも誰かが座っている。空いているベンチは無かった。外国人観光客、地元民、そんな輩がよってたかって出歩く時間帯なのかもしれない。
「帰ったら、内緒でまたお風呂入っちゃうかな。汚れちゃったらね」
宮原は、意味深な目を向けてきた。
汚れるような何が起こるというのか。
そんな不純な期待を持たせるあたり、やっぱり宮原は長けている。
俺は、警戒心がどうしても解けなかった。こうして手を繋いで座っていても、期待に胸躍るとは程遠い。逆に、確実に決まらないなら、これ以上踊らされないようにしなければと、どこか警戒している。
俺は真面目だと、よく言われるが、そうではない。はっきり〝硬い〟のだ。
俺自身がはっきり自覚している。
だから剣持のような目立つグループにも深く入り込めず、鈴原のような地味な男子に至っては、あっちから軽く打ち解けてもくれない。右川じゃないが、仏像くんの方があんたよりは面白い……とか、言われてしまうし。
実際は、仏像の方が俺より硬いはずだけど。
俺が、2度目の深いため息をついたと同時だった。
「ちょっと遊ぶ?」
どういう事かと思ったら、突然、宮原がキスしてきた。
柔らかい感触に、塗ったばかりのグロスが一緒になって吸い付いてくる。
「て、展開が早過ぎない?」
咎めていると聞こえないよう気を使ったつもりだが、宮原は全く聞いていない様子で頭をこっちの肩にもたせながら、「やっぱいいなぁ、背の高い彼氏って」
宮原の濡れた髪の毛が頬に張り付いた。
胸元を押し付けられて、石鹸の香りがより濃厚になる。
しかし何かが、腑に落ちない。
「それって、誰かと比べてんの?」
そこを突っ込まれるとは意外なんだけど……宮原は、そういう表情で、
「そんなの、一般的って事に決まってるじゃん」
ツマんない事言わないでよと、しっとり責める女子軍団とダブった。
宮原にますます腕を強く抱きかかえられて、それ以上、追及できなくなる。
「前カノから、随分時間経っちゃったもんね」とは、硬直したまま何も出来ないでいる俺をあてこすっているのか。「ちょっと色が付いちゃった」と、こっちの唇を、宮原は慣れた手つきで拭った。
そこで宮原のスマホにメールが着信。
宮原はスマホを覗くと、「何だこれ。永田だ」
「アイス買ってこいとか言ってるし。知らないよーって送ろう」と返信。
「バスケ部集合だーッ!って勝手に言われてさ。ちょっと買い物行くって言って逃げてきたんだよ」
宮原は、俺の様子を窺うように覗きこみながら、
「知ってる?永田のヤツ、あの彼女とまだヤッてないんだって」
こっちは何てことない話に少しホッとしながら……とはいえ、そのトピックには猛烈に吸い込まれた。
「え、だって、もう付き合って3カ月……だよな」
あの獣に相手が出来たと聞いたときの衝撃が甦る。
始終ガツガツしている永田の事だから、もうとっくに逝ってるかと。
「永田はヤる気満々。だけどあの久木って娘は、そういう感じじゃなくて」
宮原は、「あ、真面目なコって意味じゃないよ」と畳みかける。
それならどういう意味なのかと尋ねると、
「あの子の本命は兄貴の方なの。兄貴が無理だから仕方なくバカの方と付き合ってるだけ。だから、たまに聞こえない振りで、バカに呼ばれても無視してんだよね。さすがにバカも気付くでしょ。破局も近い気がする」
って、「マジか……」
内部の人間が言うんだから、間違いないだろう。
そんな事になったら、今以上に暴れて見境いが無くなりそう。かなり困るゾ。
そんな会話の間も、宮原は慣れた手つきで、俺にもつれてくる。
こっちの男子力を疑って挑発されているように感じて、そっちがその気ならと、俺は思い切って繋いだ手をほどくと、宮原の肩に腕を回した。
1枚のTシャツ隔てて、宮原の身体の温度がダイレクトに伝わってくる。
そのままTシャツの裾から背中に手を差し込み、背骨を辿って下着の線をくぐり、その先の肩甲骨に触れるまで一瞬で昇り詰めると、宮原が驚いたように目を見開いた。
そこまで突っ込んでくるとは意外……そんな反応に、こっちがささやかな優越感に浸ったのも束の間、宮原が泣き出しそうにも見えて、俺はその先、どうにも進めなくなる。
……イヌの散歩。
おぼつかない自転車。
孤独なサラリーマン(?)
誰かに見つからないように慌ててバスに乗り込み、きゃっ!とスリルに浮かれる宮原を落ち着けとばかりに抑えながら、停留所を3つ先で降りて、川のほとりまでやってくる。大きな川沿いに広い遊歩道がしつらえてあり、人も自転車も、地元民が悠々と行き来していた。
「こっから三条大橋まで歩いて、そこでプイと別れちゃえば見つかんないよ」
らしい。
もう当たり前のように、宮原と手を繋いで、並んで歩いた。
これはもう決まりなのか?
この期に及んで、何故か、自分自身に問いかけている。
宮原はスカートは制服を着用していたものの、上は淡いイラストの入った普通に白っぽいTシャツで、パッと見て私服姿にも見えた。こっちも上は黒っぽいTシャツで(暗闇に紛れて見つかりにくいと)、下は部活で着ている濃紺ジャージである。学校名と名前部分が隠れたら、アディダスと間違われてもやぶさかではない。
2人並んで歩けば、こんなに暗くなっても地元の高校生が放課後の延長でデート中だね……自然に、そう見えるだろう。暗いといっても、遊歩道はまばらに人が歩いていた。イヌの散歩やら、俺達のように高校生とおぼしき団体やらで、たとえ独りで歩いたとしても危険とは程遠い。
川のほとりを行けば、風が心地よく額をなぶる。
「あたしら1組はお風呂が早くてさ。髪の毛だけは洗いたかったから、パッと入ってきちゃったけどね」
よく見ると、まだうっすら濡れている。
宮原は仕切りに指を通して、髪に風を送り込んだ。
「俺は後で5組と一緒に入るかな」
「ねぇ、5組のユエちゃんってどうしたかな」と俺に?聞いている?
「知らないけど」
「ミカちゃん達と遊びに行くからって、先にお風呂入ろうかどうしようか、迷ってたから」
ミカちゃん達とは女子ではなく、1組でどこか可愛い雰囲気を持つ男子の集まりの事である。
女装して部屋に潜り込もうと企んでいるとかで、宮原とはしばらく、そんな雑談で盛り上がった。宮原と俺は、知り合いが被っているので、打てば響くというのか何かと話が通りやすい。存外、気が楽。
宮原は、昼間の甘い香りとは違って、クールな石鹸の匂いを漂わせた。
お昼に会った時よりも髪のボリュームは減っていて、化粧もしていない。
部活で良く見かける、つるんとした雰囲気である。
それを言うと、
「先輩が怖いから、部活んときは仕方なく後ろで結わえて。変な癖がつくから本当は嫌なんだけど」とか言いながら、ポーチから、「さっきコンビニで買っちゃった。KATEの新色」とやらを取り出して、さっそく唇につけた。
「変?」と訊くので、「ううん」
その色は宮原に合っている。「いいと思う」
こういう時、女子という生き物が分からない。昼間付けていた色と大して違わない気がするのに、それでもわざわざ買うのか。
女子は小さな変化も楽しめる。そこが羨ましいと思う反面、その小さな変化にいちいち何かを考えて唱えろと求められる事に対して、こっちはどこか面倒くさいと感じてしまうのだ。
「あそこ、座ろ」
宮原がベンチを見つけて、2人で落ち着いた。
周りを見渡すと、少し離れた隣のベンチも、川向こうのベンチも、どれも誰かが座っている。空いているベンチは無かった。外国人観光客、地元民、そんな輩がよってたかって出歩く時間帯なのかもしれない。
「帰ったら、内緒でまたお風呂入っちゃうかな。汚れちゃったらね」
宮原は、意味深な目を向けてきた。
汚れるような何が起こるというのか。
そんな不純な期待を持たせるあたり、やっぱり宮原は長けている。
俺は、警戒心がどうしても解けなかった。こうして手を繋いで座っていても、期待に胸躍るとは程遠い。逆に、確実に決まらないなら、これ以上踊らされないようにしなければと、どこか警戒している。
俺は真面目だと、よく言われるが、そうではない。はっきり〝硬い〟のだ。
俺自身がはっきり自覚している。
だから剣持のような目立つグループにも深く入り込めず、鈴原のような地味な男子に至っては、あっちから軽く打ち解けてもくれない。右川じゃないが、仏像くんの方があんたよりは面白い……とか、言われてしまうし。
実際は、仏像の方が俺より硬いはずだけど。
俺が、2度目の深いため息をついたと同時だった。
「ちょっと遊ぶ?」
どういう事かと思ったら、突然、宮原がキスしてきた。
柔らかい感触に、塗ったばかりのグロスが一緒になって吸い付いてくる。
「て、展開が早過ぎない?」
咎めていると聞こえないよう気を使ったつもりだが、宮原は全く聞いていない様子で頭をこっちの肩にもたせながら、「やっぱいいなぁ、背の高い彼氏って」
宮原の濡れた髪の毛が頬に張り付いた。
胸元を押し付けられて、石鹸の香りがより濃厚になる。
しかし何かが、腑に落ちない。
「それって、誰かと比べてんの?」
そこを突っ込まれるとは意外なんだけど……宮原は、そういう表情で、
「そんなの、一般的って事に決まってるじゃん」
ツマんない事言わないでよと、しっとり責める女子軍団とダブった。
宮原にますます腕を強く抱きかかえられて、それ以上、追及できなくなる。
「前カノから、随分時間経っちゃったもんね」とは、硬直したまま何も出来ないでいる俺をあてこすっているのか。「ちょっと色が付いちゃった」と、こっちの唇を、宮原は慣れた手つきで拭った。
そこで宮原のスマホにメールが着信。
宮原はスマホを覗くと、「何だこれ。永田だ」
「アイス買ってこいとか言ってるし。知らないよーって送ろう」と返信。
「バスケ部集合だーッ!って勝手に言われてさ。ちょっと買い物行くって言って逃げてきたんだよ」
宮原は、俺の様子を窺うように覗きこみながら、
「知ってる?永田のヤツ、あの彼女とまだヤッてないんだって」
こっちは何てことない話に少しホッとしながら……とはいえ、そのトピックには猛烈に吸い込まれた。
「え、だって、もう付き合って3カ月……だよな」
あの獣に相手が出来たと聞いたときの衝撃が甦る。
始終ガツガツしている永田の事だから、もうとっくに逝ってるかと。
「永田はヤる気満々。だけどあの久木って娘は、そういう感じじゃなくて」
宮原は、「あ、真面目なコって意味じゃないよ」と畳みかける。
それならどういう意味なのかと尋ねると、
「あの子の本命は兄貴の方なの。兄貴が無理だから仕方なくバカの方と付き合ってるだけ。だから、たまに聞こえない振りで、バカに呼ばれても無視してんだよね。さすがにバカも気付くでしょ。破局も近い気がする」
って、「マジか……」
内部の人間が言うんだから、間違いないだろう。
そんな事になったら、今以上に暴れて見境いが無くなりそう。かなり困るゾ。
そんな会話の間も、宮原は慣れた手つきで、俺にもつれてくる。
こっちの男子力を疑って挑発されているように感じて、そっちがその気ならと、俺は思い切って繋いだ手をほどくと、宮原の肩に腕を回した。
1枚のTシャツ隔てて、宮原の身体の温度がダイレクトに伝わってくる。
そのままTシャツの裾から背中に手を差し込み、背骨を辿って下着の線をくぐり、その先の肩甲骨に触れるまで一瞬で昇り詰めると、宮原が驚いたように目を見開いた。
そこまで突っ込んでくるとは意外……そんな反応に、こっちがささやかな優越感に浸ったのも束の間、宮原が泣き出しそうにも見えて、俺はその先、どうにも進めなくなる。
……イヌの散歩。
おぼつかない自転車。
孤独なサラリーマン(?)