God bless you!~第4話「臆病と、その無口」・・・修学旅行・前編
車内は一時、騒然となる。
右川の襟首を掴んで、皆の前で、俺は〝右川の出馬〟を宣言した。
それはまるで自分から火の海にダイブ……いや、もうすぐ京都だし、清水の舞台から飛び降りるというべきか。ここに至るまでの、永い永い道のり。やっと視界に捉えたゴールの終着地点、来年2月の会長選挙に思いを馳せて……これからを切なく思いやる。
その時、車内のアナウンスが京都に到着を告げた。
俺達のすぐ横で賑やかにやっていた女子軍団がいる。そこから一人が抜け出して、「じゃあもう行くね」と5組に向かって戻り始めた。
その女子は、2,3メートル程進んだ先で転倒!
ぱちん、と弾くような破裂音がした。
「痛ぁいっ!!」
女子が大声を上げて周囲の注目を浴びる。女子は転んで床に貼り付いたまま、そこから中々起き上がらない。やがて、すぐ側の男子を槍玉に上げた。
「ちょっと!あんたでしょ!今わざと引っ掛けたよね!」
悪意の告発。
不穏な空気。
車内は一時、騒然となる。
女子に詰め寄られているのは4組の男子だった。その男子と通路を挟んで反対隣、涼しい顔で楽器ケースを抱いて座っているのが……重森だ。
なるほど。
足を引っかけたと責められている男子は、吹奏楽部員で。
引っ掛けられたと訴える女子は、バスケ部の〝宮原マヤ〟である。
女子仲間からは〝み~や〟とか〝ま~や〟とか呼ばれて、名前も言動もどこか落ち付きの無い、割と賑やかなグループに位置する女子だった。
宮原は元から狙われていたのか。それとも、たまたま通りがかって犠牲に選ばれてしまったのか。
重森は、我関せずとばかりに、そっぽを向いた。あくまでも自分は直接手は下していないといった態度でスカして見せる。いつまでそうやって涼しい顔をして居られるか。永田が気付いて出張ってきたら、厄介だな。
そこで立ちあがったのは……俺と阿木が同時だった。
お互いに宮原を挟んで、探り合うと睨み合うの間を行ったり来たり……している場合じゃないと、まずは通路を塞ぐように倒れている宮原に、二人同時に歩み寄る。実際は、阿木が少し早く手を差し出したのだが、宮原はそれには目を背け、俺の方をすがるように見た。
阿木はわずかに吐息を漏らす。仕方ないと成り行き上、選ばれた俺が宮原を起こしてやった。ゆっくり立ち上がった宮原は、腕やら足やらの汚れをぱんぱんと払う。ケガは無さそう。
「もう、信じらんない!何、こいつ!」
「知らねーよ。僕じゃない」
「つーか、勝手に転んで何言ってんだ、その女」
しれっと参戦する重森を、「は?!」宮原は半分涙目で睨みつける。
俺に向けて、「大丈夫。ちょっと擦っただけだから。出血無し。それが何か悔しいっ」と、負けん気の強い所を見せた。
「あたしがケガしたら、学校に訴えてやるのに」
その時、座席列の遥か向こうで、ぴょんと誰かが立ち上がった。
……永田だ。
咄嗟に、阿木がくるりと翻り、その視界を覆い隠す。「全員自分のクラスに戻ってください。急いで」と周囲に向かって降車の準備を促した。
やけに威厳のある声に圧倒されてか、周りは腑に落ちない空気のまま、荷物をまとめ始める。
重森は、阿木に命令されて1組に戻るのは気が進まないとでもいいたげに、その場にジッとしたまま、座席で楽器を抱いたまま……触らぬ重森に祟りなし。
俺はと言えば、5組の安全領域まで、とりあえず宮原を送り届けた。
「ありがと」と、宮原は俺を見上げてニッコリと笑う。
それは、阿木に向けた時と、随分態度が違うだろが。
男子の前だと態度が変わる、そんな性質は普段の宮原からよく見受けられた。だが、これ程まであからさまな記憶はない。阿木を疎ましいと思う何か理由でもあるのだろうか。
いまだ4組に居座る重森を、横目で微妙に警戒しながら、俺は3組の自分の席まで戻ってきた。こちらにはノリがまだ居座っていて、「またぁ?」と現場の様子を遠巻きに窺っている。
バスケ部と吹奏楽部の因縁の対立は根深い。人は変わるが毎年の事だ。
(松下先輩、曰く)
「僕も、とりあえず戻るかなぁ」
そう言って、ノリはのんびり席を立った。
そこへ……やっと重い腰を上げたのか、1組へ戻ろうとする重森一派と鉢合わせる。敵対とも敬遠とも違う、涼しい沈黙が流れた。
こちらとしては、重森を敵と決めつけるほどの事件があった訳ではない。だが油断ならない相手と見ている。お互いそれを意識してか、腹の探り合いだ。
「沢村、おまえ会長やらないんだって?チビの応援だって?」
重森を取り巻く一人が口火を切った。
情報が早い。さっそく聞いたか。そして、やっぱりここでも、重森は黙ったまま。小ズルい奴。家来に言わせてこちらの反応を窺っている。
「右川さんに意志は無さそうだから、当然それはやっぱり洋士で決まりだよ」
真相は別として、ノリにしては強く出てくれた。
噛まずに一息でよく言えたな。うっかり笑いそうになるじゃないか。
重森は腕を組んだ。「右川ねぇ」と、どこか含みを持たせる。
「誤解すんなって。俺は沢村の味方だよ」
重森は楽器ケースをうっとり眺めた。
この前振りは、次にどう出るか。
悪意を匂わせるか。そして、敵対を仄めかすか。
「あんなのと仲良くしても良い事ないと思う。沢村には忠告しとく」
重森にしては迫力に欠けた。
それはもう、今更です。
ハイ。
それはまるで自分から火の海にダイブ……いや、もうすぐ京都だし、清水の舞台から飛び降りるというべきか。ここに至るまでの、永い永い道のり。やっと視界に捉えたゴールの終着地点、来年2月の会長選挙に思いを馳せて……これからを切なく思いやる。
その時、車内のアナウンスが京都に到着を告げた。
俺達のすぐ横で賑やかにやっていた女子軍団がいる。そこから一人が抜け出して、「じゃあもう行くね」と5組に向かって戻り始めた。
その女子は、2,3メートル程進んだ先で転倒!
ぱちん、と弾くような破裂音がした。
「痛ぁいっ!!」
女子が大声を上げて周囲の注目を浴びる。女子は転んで床に貼り付いたまま、そこから中々起き上がらない。やがて、すぐ側の男子を槍玉に上げた。
「ちょっと!あんたでしょ!今わざと引っ掛けたよね!」
悪意の告発。
不穏な空気。
車内は一時、騒然となる。
女子に詰め寄られているのは4組の男子だった。その男子と通路を挟んで反対隣、涼しい顔で楽器ケースを抱いて座っているのが……重森だ。
なるほど。
足を引っかけたと責められている男子は、吹奏楽部員で。
引っ掛けられたと訴える女子は、バスケ部の〝宮原マヤ〟である。
女子仲間からは〝み~や〟とか〝ま~や〟とか呼ばれて、名前も言動もどこか落ち付きの無い、割と賑やかなグループに位置する女子だった。
宮原は元から狙われていたのか。それとも、たまたま通りがかって犠牲に選ばれてしまったのか。
重森は、我関せずとばかりに、そっぽを向いた。あくまでも自分は直接手は下していないといった態度でスカして見せる。いつまでそうやって涼しい顔をして居られるか。永田が気付いて出張ってきたら、厄介だな。
そこで立ちあがったのは……俺と阿木が同時だった。
お互いに宮原を挟んで、探り合うと睨み合うの間を行ったり来たり……している場合じゃないと、まずは通路を塞ぐように倒れている宮原に、二人同時に歩み寄る。実際は、阿木が少し早く手を差し出したのだが、宮原はそれには目を背け、俺の方をすがるように見た。
阿木はわずかに吐息を漏らす。仕方ないと成り行き上、選ばれた俺が宮原を起こしてやった。ゆっくり立ち上がった宮原は、腕やら足やらの汚れをぱんぱんと払う。ケガは無さそう。
「もう、信じらんない!何、こいつ!」
「知らねーよ。僕じゃない」
「つーか、勝手に転んで何言ってんだ、その女」
しれっと参戦する重森を、「は?!」宮原は半分涙目で睨みつける。
俺に向けて、「大丈夫。ちょっと擦っただけだから。出血無し。それが何か悔しいっ」と、負けん気の強い所を見せた。
「あたしがケガしたら、学校に訴えてやるのに」
その時、座席列の遥か向こうで、ぴょんと誰かが立ち上がった。
……永田だ。
咄嗟に、阿木がくるりと翻り、その視界を覆い隠す。「全員自分のクラスに戻ってください。急いで」と周囲に向かって降車の準備を促した。
やけに威厳のある声に圧倒されてか、周りは腑に落ちない空気のまま、荷物をまとめ始める。
重森は、阿木に命令されて1組に戻るのは気が進まないとでもいいたげに、その場にジッとしたまま、座席で楽器を抱いたまま……触らぬ重森に祟りなし。
俺はと言えば、5組の安全領域まで、とりあえず宮原を送り届けた。
「ありがと」と、宮原は俺を見上げてニッコリと笑う。
それは、阿木に向けた時と、随分態度が違うだろが。
男子の前だと態度が変わる、そんな性質は普段の宮原からよく見受けられた。だが、これ程まであからさまな記憶はない。阿木を疎ましいと思う何か理由でもあるのだろうか。
いまだ4組に居座る重森を、横目で微妙に警戒しながら、俺は3組の自分の席まで戻ってきた。こちらにはノリがまだ居座っていて、「またぁ?」と現場の様子を遠巻きに窺っている。
バスケ部と吹奏楽部の因縁の対立は根深い。人は変わるが毎年の事だ。
(松下先輩、曰く)
「僕も、とりあえず戻るかなぁ」
そう言って、ノリはのんびり席を立った。
そこへ……やっと重い腰を上げたのか、1組へ戻ろうとする重森一派と鉢合わせる。敵対とも敬遠とも違う、涼しい沈黙が流れた。
こちらとしては、重森を敵と決めつけるほどの事件があった訳ではない。だが油断ならない相手と見ている。お互いそれを意識してか、腹の探り合いだ。
「沢村、おまえ会長やらないんだって?チビの応援だって?」
重森を取り巻く一人が口火を切った。
情報が早い。さっそく聞いたか。そして、やっぱりここでも、重森は黙ったまま。小ズルい奴。家来に言わせてこちらの反応を窺っている。
「右川さんに意志は無さそうだから、当然それはやっぱり洋士で決まりだよ」
真相は別として、ノリにしては強く出てくれた。
噛まずに一息でよく言えたな。うっかり笑いそうになるじゃないか。
重森は腕を組んだ。「右川ねぇ」と、どこか含みを持たせる。
「誤解すんなって。俺は沢村の味方だよ」
重森は楽器ケースをうっとり眺めた。
この前振りは、次にどう出るか。
悪意を匂わせるか。そして、敵対を仄めかすか。
「あんなのと仲良くしても良い事ないと思う。沢村には忠告しとく」
重森にしては迫力に欠けた。
それはもう、今更です。
ハイ。