二度目の恋
午後はほとんどデスクワークで、座って仕事が出来る事が何より有り難かった。
もしハードな仕事だったら、倒れていたかもしれない。
それくらい気力を奮い起たせて、課長との待ち合わせまでの時間を過ごしていた。
時々課長からの視線を感じていたけど、私は気づかないふりをした。
「それじゃ、お疲れ様。また明日ね!」
原田先輩は意味深にウインクして退勤した。
その数分後、私はパソコンの電源を落とし、デスクを片付けて、待ち合わせ場所の1階エントランスに向かった。
定時を過ぎた1階エントランスは少し混み合っていた。
空いているソファーに座って行き交う人をぼんやり眺めていると、不意に顔を覗かれ、ビクッと見上げた。
そこには優しい笑みを浮かべた佐伯課長がいた。
「お待たせ。行こうか」
私はすくっと立ち上がって、課長の一歩後ろを付いて歩く。
課長は総務部だけでなく、社内でも目立つ存在。
本人は無自覚のようで、全く気にしてないようで。
今もいろんな視線が向けられている。
私は居たたまれなくなり、俯いて歩く。
すると、出入口の手前で課長は急に足を止めた。
「やっぱりまだ体調悪いんじゃないか?」
心配そうに顔を覗き込まれる。
「大丈夫です。元気ですよ」
笑ってみせた。
ごくごく自然に。
あと少しだけ。
元気に、笑って、課長の幸せを願おう。
「そうか。じゃあ行こうか」
課長はそう言うなり、私の手を握って歩き出した。
あれっ?
ここはまだ会社の中だよね?
ん!?課長、私の手を握ってるよ!?
エントランスにいる社員たちの視線が課長と私と繋がれた手に突き刺さってる!
いやいや、これは非常にマズイのでは?
「か、課長?あの、手…」
課長を呼び止めるけど、課長は颯爽と歩いて行く。
エントランスには歓声と驚き、女性社員たちの悲嘆の悲鳴が響いている。
え~!?どうするの、これ!!
「課長!」
会社を出て、しばらく歩いたところで、ようやく課長は私に目線を送った。
不適な笑みを浮かべて。
「とりあえず行こう」
タクシーに乗せられ、15分程で着いた先は、大きなマンションの前だった。
「ここは?」
高層マンションを見上げて、恐る恐る聞いてみる。
「俺の家」
ですよね。
課長って一体何者なんですか?なんて怖くて聞けない。
エレベーターに乗ると、課長は20階のボタンを押した。
ずっと繋がれた手が熱い。
課長の手は大きくて、温かくて、幸せな気持ちにさせてくれる。
エレベーターが静かに20階に着くと、課長は私の手を引いてスタスタ歩き、一番奥のドアをカードキーで開ける。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
恐る恐るパンプスを脱ぎ、廊下を歩いてリビングに入る。
「うわぁ~!キレイ!」
リビングの大きな窓からは宝石のようにキラキラした夜景が広がっている。
思わず、感嘆の声を上げて恥ずかしくなり、後悔した。
私はここを訪れた目的を思い出し、俯く。
課長の結婚の話を聞かなければ…。
課長が淹れてくれたコーヒーはとても美味しく、少し気持ちが落ち着いた。
「あの、お話って…」
私は話を切り出した。
長居は無用。
早く話を聞いて帰ろう。
そして、明日に備えて早めに寝よう。
寝る前に薬を飲んだほうがいいかな。
そんな事を頭の中で考えていると、課長は私の頬を両手で優しく包む。
「一緒に暮らさないか?」
またしても、とんでもない爆弾を落とす。
何度も瞬きをして、課長の言葉を理解しようと試みるが、頭の中が真っ白になってしまった。
「えっと、どういう事でしょう?」
「だから、俺と一緒に暮らそうって事」
「はぁ!?」
すっとんきょうな声が出てしまったが、この際気にしていられない。
「課長、何をおっしゃってるんですか?課長はお見合いして結婚されるんでしょう?私をからかって楽しいんですか?」
もうこの際だ。
「私は司との事があって、もう二度と誰かを好きになったりしないって決めたんです。愛する人を失うのが怖くて…でも課長をいつの間にか好きになってしまったんです。課長の手は温かくて、幸せな気持ちにさせてくれるんです」
私の頬に涙が流れ落ちる。
「でも課長はお見合いして結婚されるんでしょう?その話をするために、ここに呼んだんでしょう?」
そこまで言い終わると、私は脱力した。
課長は私の涙を手で拭う。
「俺がお見合いして結婚するって、どこ情報だよ?」
課長の声はいつもより低い。
「社長室でお見合いって言葉が聴こえて。すみません。立ち聞きするつもりはなくて。それに秘書室で課長の結婚の話が噂になってるって聞いて…」
私は泣きながら、何とか話終えた。
課長はコーヒーを一口飲んで、コップを机に置くと、「はぁ~」と、盛大な溜め息を突いた。
「社長が来月お見合いするんだよ。社長は大学のOBで昔から良くしてもらってるんだよ。社長ももうすぐ40になるし、お見合いして身を固めるって話を聞かされてたんだ」
課長は一息つく。
「俺の結婚の話が噂になってるってのは、俺もよく分からないけど、まぁ、これから噂じゃなくて事実になるから、ちょうどいいか」
課長はコーヒーをまた一口飲んで、ニヤッと笑っている。
そしてすぐに真顔になって、私を見つめる。
「美咲」
課長に初めて名前で呼ばれた。
私の心臓の鼓動が途端に速くなる。
「俺は幼なじみの彼の事も全部ひっくるめて、美咲を幸せにしたい。一生そばにいてほしい」
課長は私を立ち上がらせると、膝をつき、私の左手を手に取る。
ポケットからきらびやかな指輪を取り出すと、私の薬指にはめた。
ぴったりと薬指に輝く宝石…それは結婚の約束を交わした証の婚約指輪。
課長は永遠の愛を誓う。
「松本美咲さん。俺と結婚してください」
私は永遠の愛を誓う。
「はい。よろしくお願いします」
もしハードな仕事だったら、倒れていたかもしれない。
それくらい気力を奮い起たせて、課長との待ち合わせまでの時間を過ごしていた。
時々課長からの視線を感じていたけど、私は気づかないふりをした。
「それじゃ、お疲れ様。また明日ね!」
原田先輩は意味深にウインクして退勤した。
その数分後、私はパソコンの電源を落とし、デスクを片付けて、待ち合わせ場所の1階エントランスに向かった。
定時を過ぎた1階エントランスは少し混み合っていた。
空いているソファーに座って行き交う人をぼんやり眺めていると、不意に顔を覗かれ、ビクッと見上げた。
そこには優しい笑みを浮かべた佐伯課長がいた。
「お待たせ。行こうか」
私はすくっと立ち上がって、課長の一歩後ろを付いて歩く。
課長は総務部だけでなく、社内でも目立つ存在。
本人は無自覚のようで、全く気にしてないようで。
今もいろんな視線が向けられている。
私は居たたまれなくなり、俯いて歩く。
すると、出入口の手前で課長は急に足を止めた。
「やっぱりまだ体調悪いんじゃないか?」
心配そうに顔を覗き込まれる。
「大丈夫です。元気ですよ」
笑ってみせた。
ごくごく自然に。
あと少しだけ。
元気に、笑って、課長の幸せを願おう。
「そうか。じゃあ行こうか」
課長はそう言うなり、私の手を握って歩き出した。
あれっ?
ここはまだ会社の中だよね?
ん!?課長、私の手を握ってるよ!?
エントランスにいる社員たちの視線が課長と私と繋がれた手に突き刺さってる!
いやいや、これは非常にマズイのでは?
「か、課長?あの、手…」
課長を呼び止めるけど、課長は颯爽と歩いて行く。
エントランスには歓声と驚き、女性社員たちの悲嘆の悲鳴が響いている。
え~!?どうするの、これ!!
「課長!」
会社を出て、しばらく歩いたところで、ようやく課長は私に目線を送った。
不適な笑みを浮かべて。
「とりあえず行こう」
タクシーに乗せられ、15分程で着いた先は、大きなマンションの前だった。
「ここは?」
高層マンションを見上げて、恐る恐る聞いてみる。
「俺の家」
ですよね。
課長って一体何者なんですか?なんて怖くて聞けない。
エレベーターに乗ると、課長は20階のボタンを押した。
ずっと繋がれた手が熱い。
課長の手は大きくて、温かくて、幸せな気持ちにさせてくれる。
エレベーターが静かに20階に着くと、課長は私の手を引いてスタスタ歩き、一番奥のドアをカードキーで開ける。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
恐る恐るパンプスを脱ぎ、廊下を歩いてリビングに入る。
「うわぁ~!キレイ!」
リビングの大きな窓からは宝石のようにキラキラした夜景が広がっている。
思わず、感嘆の声を上げて恥ずかしくなり、後悔した。
私はここを訪れた目的を思い出し、俯く。
課長の結婚の話を聞かなければ…。
課長が淹れてくれたコーヒーはとても美味しく、少し気持ちが落ち着いた。
「あの、お話って…」
私は話を切り出した。
長居は無用。
早く話を聞いて帰ろう。
そして、明日に備えて早めに寝よう。
寝る前に薬を飲んだほうがいいかな。
そんな事を頭の中で考えていると、課長は私の頬を両手で優しく包む。
「一緒に暮らさないか?」
またしても、とんでもない爆弾を落とす。
何度も瞬きをして、課長の言葉を理解しようと試みるが、頭の中が真っ白になってしまった。
「えっと、どういう事でしょう?」
「だから、俺と一緒に暮らそうって事」
「はぁ!?」
すっとんきょうな声が出てしまったが、この際気にしていられない。
「課長、何をおっしゃってるんですか?課長はお見合いして結婚されるんでしょう?私をからかって楽しいんですか?」
もうこの際だ。
「私は司との事があって、もう二度と誰かを好きになったりしないって決めたんです。愛する人を失うのが怖くて…でも課長をいつの間にか好きになってしまったんです。課長の手は温かくて、幸せな気持ちにさせてくれるんです」
私の頬に涙が流れ落ちる。
「でも課長はお見合いして結婚されるんでしょう?その話をするために、ここに呼んだんでしょう?」
そこまで言い終わると、私は脱力した。
課長は私の涙を手で拭う。
「俺がお見合いして結婚するって、どこ情報だよ?」
課長の声はいつもより低い。
「社長室でお見合いって言葉が聴こえて。すみません。立ち聞きするつもりはなくて。それに秘書室で課長の結婚の話が噂になってるって聞いて…」
私は泣きながら、何とか話終えた。
課長はコーヒーを一口飲んで、コップを机に置くと、「はぁ~」と、盛大な溜め息を突いた。
「社長が来月お見合いするんだよ。社長は大学のOBで昔から良くしてもらってるんだよ。社長ももうすぐ40になるし、お見合いして身を固めるって話を聞かされてたんだ」
課長は一息つく。
「俺の結婚の話が噂になってるってのは、俺もよく分からないけど、まぁ、これから噂じゃなくて事実になるから、ちょうどいいか」
課長はコーヒーをまた一口飲んで、ニヤッと笑っている。
そしてすぐに真顔になって、私を見つめる。
「美咲」
課長に初めて名前で呼ばれた。
私の心臓の鼓動が途端に速くなる。
「俺は幼なじみの彼の事も全部ひっくるめて、美咲を幸せにしたい。一生そばにいてほしい」
課長は私を立ち上がらせると、膝をつき、私の左手を手に取る。
ポケットからきらびやかな指輪を取り出すと、私の薬指にはめた。
ぴったりと薬指に輝く宝石…それは結婚の約束を交わした証の婚約指輪。
課長は永遠の愛を誓う。
「松本美咲さん。俺と結婚してください」
私は永遠の愛を誓う。
「はい。よろしくお願いします」