気高き国王の過保護な愛執
ルビオはオニキスの鼻面をもと来たほうへ向け、斜面を下り始めた。

身体が馬の歩幅、くせを覚えている。集中すればルビオには、蹄が地面のどこに降りるのか、見えなくとも正確にわかった。

登りとは打って変わった軽やかさでで平地に降り立つと、指示するまでもなくオニキスは飛ぶように駆けた。

記録と噂話と、断片的な記憶によれば、先王は保守的だった。変化を嫌い、改革を厭い、現状が維持されることがなによりの平穏と考える人物だった。

そしてディーターの兄である、第一王子は、先王に引き写したように気性が似ていたらしい。


──ディーターのほうが器ですよ。


クラウスが小瓶を手にしていた、あの場面を思い出してから半月ほど、ルビオの心を蝕んでいた影に、かすかな光が差した気がした。

ルビオを王位に据えるためだったとしたら?

いや、同じことだ、とすぐに思い直した。

人の命を奪う行為は、目的に応じて罪が増減したりするものではない。

クラウスがやったとは限らない。そう考えたい自分もいた。ただ瓶を持っていただけだ。誰かに脅されて、逃げる道がなかったのかもしれない。

しかしルビオの記憶は、そうではないと告げていた。いまだにあの一場面しか思い出せないが、記憶を取り巻く禍々しい空気が、あそこで行われていたのはまごうことなき悪事であり、謀略であると確信させた。


『間違いない、クラウスはあのとき、ぼくを見ている』


そう告げたとき、真っ青になったフレデリカの顔を忘れない。


『ルビオ…あの人をそばに置いておくのは危険だわ』


そう言いながらも、どうにもできないことを彼女も知っていた。ルビオの記憶が戻ったと、クラウスに気づかれることこそ、一番の危険なのだ。

細心の注意を払って、これまで通りの日常を過ごす必要がある。

突然、オニキスが前脚を突っ張り、急停止した。いきおいルビオは前方に放り出され、柔らかな草地に落馬した。


「いっ…て」


受け身をとったとはいえ、腕と腰をしたたか打って呻くルビオのわき腹を、オニキスの鼻面が小突く。


「鞍上ではお前のこと以外考えるなって? とんだお姫様だな」
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