気高き国王の過保護な愛執
暗く、深い穴
「クラウス、イレーネを見なかったか」
ルビオは回廊で行き会ったクラウスに呼びかけた。
「本を貸す約束をしていたんだが…夕方から姿が見えないんだ。リッカも」
どこかへ向かう途中らしいクラウスは、顔だけをルビオに向け、「さあ」と首をひねった。
「申し訳ありませんが、存じ上げません」
「見かけたら、探していたと伝えてくれ」
「承知しました」
にこっと笑顔を作り、足早に去っていく。
ふっと知っている匂いを嗅いだ気がした。なんだったか、この匂いを嗅ぐと、元気が出るというか、健康になる気がする。
あれでもない、これでもない、と食べ物や植物を思い浮かべながら、ルビオはもしかしたらイレーネがつまみ食いでもしていないかと考え、厨房に向かった。
息苦しさをごまかせなくなってきた。
「イレーネ様」
フレデリカが呼びかけても、隣にぐったり横たわった小さな身体は反応しない。
「イレーネ様…」
後ろ手に縛られた不自由な体勢で、フレデリカは王女の顔に、自分の顔を近づけた。暗いため、こうしないと様子がわからないのだ。
安定した浅い呼吸。イレーネは眠っていた。
ほっとして、壁にもたれて息をついた。足首も縛られているので、立ち上がることもままならない。
もとより立ち上がれるだけの高さもない。目隠しをされて連れてこられたから、ここがどこだかわからないが、広い王城の一角であることは確かだ。
触っただけで分厚さがわかる、冷たい石の壁。天井は低く、イレーネであればぎりぎり立てる程度の高さしかない。