気高き国王の過保護な愛執
胸騒ぎがした。

休むつもりで着ていた簡素な上下から、いつもの衣服に着替える。長靴に足を入れ、革の防具とマントを手早くつけ、枕元の剣を腰に差した。

部屋を出たところで、明確な目的地があるわけでもない。ルビオはしばし考え、より人が使わず、イレーネが迷い込んでいてもおかしくなさそうな、休館のほうへ向かうことにした。

パラスの地下へ下り、廊下に出たとき、誰かと鉢合わせした。急ぎ足だったルビオはとっさに「失礼」と身を引き、相手が誰だか気づいてぎくっとした。

王妃の一行だった。

ルビオとぶつかりそうになった、まだ少年の護衛兵。そのうしろに王妃。その両脇にふたりの大臣。うちひとりはゲーアハルトだ。


「あら陛下、ごきげんよう」


王妃が悠然と微笑む。大臣と少年が、あからさまにルビオに敵対的な視線を向けてきた。

ルビオは王妃の陣営にとって、自分がどういう存在であるか思い出し、身を翻してこの場を立ち去りたい気持ちに襲われた。


「失礼しました、考え事を…」

「そうね、お考えになることが多くて、さぞお忙しいでしょう」


むせかえるような甘い香りが鼻を突いた。夜会の帰りだろう。地下には馬車の引き込み路がある。

城外での公的な場に姿を現さない王に代わり、社交好きの王妃が王宮と諸侯の交友関係を繋いでいる。

ルビオとしては、取り返しのつかないボロを出さないための判断ではあるもののこの継母に対する大きな引け目でもあった。

白金色の髪を美しく盛り、宝石で飾った王妃が、ルビオの発言を心待ちにしているように、瞳をきらめかせて黙っている。

立ち去るわけにもいかず、その場で足を踏み替える。

浴場に送り込まれた女のこと、拾ったという瓶のこと。いっそこの場で全部聞いてしまいたい。

なぜ自分なのか。ディーターを犯人だと名指しする根拠はなんなのか。

どうか教えてほしい。言い逃れをしたいわけじゃない。ただ知りたい。自分が本当に、事件となんらかのかかわりを持っているのなら、教えてほしい。

それは泣きたいほど切実な、記憶を持たないルビオの願いだった。
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