気高き国王の過保護な愛執
「解けたわ、ありがとう」

「陛下がおっしゃるには、イレーネ殿下さえお元気なら、ここが開かなくともおふたりはそこから出られると」


そういえばイレーネもそう言っていた。

いったいどんな方法で、と振り返ったとき、そこにイレーネはいなかった。代わりに暖炉の奥の壁に、ぽっかり穴が開いている。

ひょいとその中からイレーネが顔を出し、呆然としているフレデリカに向かって手招きをした。


「行くわよ、リッカ」




「おっと」とルビオの行く手をふさいだのは、誰であろうクラウスだった。

暖炉のある階から二階層下がった、城の最下層。岩盤を掘って造られたこの階は、柱も最小限に留め、調度も装飾もない、荒涼たる広間が広がっている。

壁のたいまつすら、広間の隅までは照らしきれない。

有事に兵を置いたり、城の人間を避難させたりするための空間で、普段は使われていない。また崖の下の川が氾濫した場合も、水路を逆流してきた水はここに溜まり、城の可動部まで浸入しない構造になっている。

つまり、ここで偶然知った顔に出くわすなど、あり得ない。


「…おれをつけていたな」


クラウスは、もはやなにも隠す気がないのだろう。できの悪い生徒を見るような目つきで、肩をすくめた。


「最近のあなたは、どうも動きが妙でしたのでね」


ルビオは相手の間合いに入らないよう用心し、足を止めた。

この時刻なら寝支度をしていてもいいはずのクラウスは、革の鎧に剣帯をつけ、執務中と同じ装いだ。

クラウスと手合わせをした記憶は、ルビオにはないが、騎士団を経て重臣のひとりとして起用されているからには、相当だと思ったほうがいいに違いない。

笑みを絶やさないクラウスは不気味で、ルビオは本能的に、刺激は禁物だと悟った。長剣の柄にかけようとしていた手を止め、全身に神経を張り巡らすだけに留める。

足を踏みしめると、吹き込んで溜まった砂が音を立てた。
< 131 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop