気高き国王の過保護な愛執
「イレーネ様…」

「やぁだ、ますます大好き」


つむじ風のように兵をなぎ倒す、みっつめの影。

ローブの老人だった。




大臣の言葉通り、いくらも経たないうちに、広間には数人の荒い呼吸の音が響くだけになった。

ゲーアハルトがフレデリカたちの護りにつくのを確認し、ようやくルビオはクラウスから身体を離す。ルビオはまだ胸を喘がせており、フレデリカは、真剣の打ち合いの緊張と疲弊を感じ取った。


「…貴様、誰だ」

「クラウスです、陛下」


震える声で虚勢を張る男を、「黙れ!」とルビオが一喝する。


「なぜ気づかなかったんだろうな、おれは。イレーネに言われて、目の曇りが晴れた。お前はクラウスではない。クラウスはどこだ」


しわがれた声が「おそらく」と静かに口を挟んだ。

護衛兵たちを縛り上げたローブの男が、しずしずとこちらへやってくる。


「彼の狙いは、あなたを追放することです」

「おれを…?」

「父上と兄上を謀殺し、自ら王位に就いた王。その罪を暴きたて、罪人として葬る。そのためにまずクラウスを消し、成り代わった」


目の前にある、ゲーアハルトが提げた剣が、かちゃっと音を立てたので、フレデリカはびくっとした。


「目的は」

「第三王子、カスパル様の王位継承」


ルビオの顔に、驚愕が走った。フレデリカも息をのむ。イレーネが、フレデリカの手をぎゅっと握りしめた。

偽のクラウスは、かすかな笑みをたたえたまま無言で聞いている。

その顔を睨みつけていたルビオが、おもむろに腕を上げ、剣を壁に突き刺した。その勢いはすさまじく、欠けて飛び散った壁の石がフレデリカに降り注ぐ。剣は偽クラウスの頬に、赤い筋をつけていた。


「母上か…!」


ルビオが怒りを抑えられずにいるのがわかる。

これほどの怒気を、人はまとえるものなのか。フレデリカは緊迫感に、声も出せずにいた。
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