気高き国王の過保護な愛執
記憶が戻りつつあるのかと喜んだが、どうやらそうではないらしい。


「前にも読んだな、と感じるんだ。それだけ」

「でも進歩だわ」

「そう?」


読んでいるのは、この大陸に伝わる戦記だ。本当にあった戦争の話を、物語に仕立て上げた、長年人気を誇っている本だ。


「だけどここ、間違ってるな」

「え?」


フレデリカは、ルビオが指さした箇所を見た。特に間違いと思われる表記は見当たらない。


「どういうこと?」

「これは別の人物の名前だ。ぼくの記憶では、この重要な言葉を言ったのは、神官じゃなくて兵隊長のほうだ。この誤りのせいで結末の意味が、少しずつ変わってしまってる」


改めて前後を読んでみた。そう言われれば、そのほうが無理がない。


「写し間違えたか、写本師が解釈を変えたのかしら。でもこの工房は、そういうことがないので評判なのに。だから値段も張るけれど、父はここの本ばかり買うのよ」

「元にした写本がすでに間違っていたのかもしれないな。ぼくが読んだのは、別の写本師のものだろう。装丁もぜんぜん違う」

「どんなだった?」

「表紙は赤く染めた革で、金で題名が刻印されていて、このくらいの…」


手で大きさを示しながら、ルビオの声はだんだんと消えていった。

フレデリカも言葉を失う。寝静まった夜の静けさが、しん、と室内を満たした。

口を開いたのはフレデリカだった。


「ルビオ、それ、原書よ」


声がかすれた。

かすれもする。外国から持ち込まれるなり写しに写され爆発的に売れた本の、原書に触れる機会のある人間なんて、どれほどいるというのだ。

片手に本を持ち、片手を寸法を表した位置で浮かせたまま、ルビオは呆然と言った。


「ぼくはいったい、誰なんだ」

「私が聞きたいわ」

「面白いのは、個人的な経験以外は覚えているというところだな」
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