気高き国王の過保護な愛執
壁のたいまつが、小さく火の粉を巻き上げる。


「人の命こそが、なによりの国の宝であることをご理解ください」

「なら言うわ。今お前の命が消えれば、ほかの命は消えなくて済むのよ」


ルビオは、まぶたの裏が真っ赤に染まるのを感じた。


「まだそんなことを…」


身体を変えられたクラウス、使い捨てられた金の髪の女。あんなさみしい場所を墓場に選ばざるを得なかった父王、兄王子。

疲労も、手首の痛みも、手枷の重みも忘れ、身体が勝手に地を蹴り、跳んだ。




ルビオの跳躍は、フレデリカには見えなかった。目にも留まらぬ速さでゲーアハルトにぶつかるように身体を寄せると、不自由な手で大臣の腰から剣を抜き取り、剣先を王妃に向ける。


「陛下!」


逆手に構えた剣に迷いはなかった。気迫の鋭さに、ルビオが狙っている急所が、フレデリカにも見える気がした。肋骨の間を通り抜けるよう、刃が寝ている。


「お覚悟!」

「ルビオ!」


とっさに身体が動いた。「フレデリカ殿!」と叫ぶ声を聞いた。弾き飛ばされ、地面に倒れ込む。手がびりびりと痺れていた。

湿った廊下に漂う静寂。

こわごわ顔を上げる。王妃の心臓目掛け、剣を突き立てたルビオが、目を見開き、彫像のように静止している。

剣の先は、聖書にめり込んでいた。

王妃の脚が萎え、へなへなと座り込むと同時に、聖書も剣も床に散る。


「あ…」


ルビオが、呼吸の仕方を忘れてしまったように胸を喘がせる。フレデリカは飛び起きると、膝から崩れ落ちる彼を抱きしめた。
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