気高き国王の過保護な愛執
「オットーがいなくなったら、リッカはどうするんだ」

「尼僧院に入ると思うわ。あの家は私だけでは維持できないし、父がいないのなら、この村に私がいる理由もなくなるもの」


優しい拘束から逃れた、フレデリカの長い髪が、夜の風にふわりと舞う。「もしも」と静かな声がした。


「なあに」


篝火で"火分け"が始まった。祭壇に上った担い手が、酒精に浸した長い木の棒で火をかき回し、空に撥ね上げるのだ。青白い火を灯した酒精の滴が、広場に降り注いでは消え、参加者を喜ばせる。


「もしもぼくが、このままずっと、どこの誰かわからないまま、元いた場所に戻る必要も思い出さずに、そこで持っていた義務とかそういうものを、いっさい気にすることなく、生きていける日が来たら」


フレデリカは首をねじって背後を見た。言葉を続けようとしていたルビオが、きっかけを失って口を開けたまま彼女を見下ろす。


「黙って聞いててよ、なに?」

「なにも言ってないわよ。どうぞ続けて」

「オットーはどうやってきみのお母さんを御したんだろうな」

「御する気? ずいぶん偉いのね!」

「続きを聞く気はある?」


いい加減、気を悪くしたルビオが声を尖らせる。フレデリカは笑い、「あるわよ」とうなずいてみせた。


「さあ、話して」


ルビオはぶっきらぼうに「もう忘れた」と吐き捨てて、だが腕は温かく、胸の中のフレデリカを抱く。どこへもやらないよ、と言っているみたいに。


「なにを笑ってる」

「ううん」


背後から、不機嫌な顔が覗き込んでくる。視線が合うと、灰色の目が炎を映してきらめき、そして閉じられた。

顔が寄せられる。唇の熱が近づく。

それを受けようと、フレデリカが顎を上げ、目を伏せたときだった。

篝火のほうがにわかに騒がしくなった。人々の悲鳴と足音。そして…。


「…蹄の音?」

「リッカ」


広場を振り返ったルビオが、はっとフレデリカを背中にかばった。ルビオ越しに目にした光景は、まさに混乱そのものだった。
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