気高き国王の過保護な愛執
「リッカ!」

「ルビオ!」


追いかけようと一歩踏み出したフレデリカの喉元に、なにかが突き付けられた。ぎょっと足を止め、間近にきらめく剣身を見た。

目だけを動かし、先ほどの男の冷たい視線を確認する。

その口が何事か低く呟いた。闇に溶けてしまいそうなほど抑えた声だった。

鋭い視線がフレデリカの目を射抜いた。男は音もなく馬上に飛び上がり、馬群を従えて広場を駆け抜け、崖の向こうへ消える。後に続く統制のとれた馬たちの、どれに連れ去られたルビオが乗せられているのかすら、フレデリカにはわからなかった。


『シュティーレ・ウント・ヴァッペン』


”紋章と沈黙”

口外したら、家どころか村ごと潰される。権威による恐喝の文言だ。あの言葉を使えるのは、相当に上級の爵位を持った家か、もしくは…。

王族。


──もしもぼくが、このままずっと、どこの誰かわからないまま、元いた場所に戻る必要も思い出さずに、そこで持っていた義務とか、そういうものを、いっさい気にすることなく、生きていける日が来たら。


そんな日は来ないのだと、フレデリカは悟った。

二度とルビオには会えない。それもわかった。

地上に落ちた無数のランタンが、油が尽きるまでの命と理解したみたいに激しく燃え上がっている。

炎に囲まれ、フレデリカは立ち尽くした。

遥か遠く、丘陵の頂上に、王城の灯りが瞬いていた。




────……

──────……

────────……




「ほら、ここで記録が途切れてしまうんだよ。次にこの太守が歴史上に姿を現すのは二十年以上も後のことで、別人じゃないかというほど性質も変わっている」

「私、気がついたんですけど、先生」


フレデリカは壁という壁を埋め尽くし、天井にまで続く一面の書棚の間の通路を迷いなく歩き、目指す場所から一冊の本を取り出した。


「当時の貿易商の日記なんです。先日入ってきました。お読みになりました?」

「いや、まだざっと目を通しただけだ」

「個人の古物商が出てくるんです。筆者も印象に残ったのね、かなり詳細に人となりが記してあります。十二か国語を操るとある。これって当時では、珍しかったんじゃありません?」
< 23 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop