気高き国王の過保護な愛執
クラウスに促され、フレデリカは小振りのテーブルを囲んで置いてある椅子のひとつに腰を下ろした。王の私室と思えないほど控えめな部屋だ。

大きな木の机、座り心地のよさそうな布張りの椅子。本の詰まった棚、ひとりで食事をとるのにちょうどよさそうなテーブルに、椅子が四つ。窓はない。

奥に続き部屋がある。中は見えないが、寝室と思われた。


「私を王立書院からここへ呼んだのは、ルビオではないのね?」

「違う。クラウスでもない」


対面の椅子に座ったルビオが首を振った。そのかたわらに立ったまま、クラウスが「それについては偶然と考えても問題ないかと」と言い添える。


「無礼を承知で申し上げますが、身分、教養、年齢、容姿と、これだけ条件のそろった女性が、王国内で余っているわけではありません」

「ほかにルビオの記憶が…あっ、ええと」

「ぼくのことはルビオでいいよ。記憶にある限り、ぼくが最初につけてもらった、一番なじみのある名前だ」


察したルビオがにっこりする。フレデリカは胸が痛くなった。


「ルビオの記憶がないことを知っている人は、ほかには?」

「公式にはいません。ただ彼を連れ帰ってきた人物が、気づいている可能性は」


ルビオを連れ帰ってきた人物。

フレデリカの脳裏によみがえったのは、あの祭の広場で見た、鷹のような目をした黒ずくめの鎧の男だ。


「その人物というのは」

「ゲーアハルト卿です。騎士団長を務めあげ、今は大臣として王に仕えています」

「…ここに傷痕があります?」


自分の左目の上を指さしたフレデリカに、クラウスは眉を上げて返事に代えた。

あの男が、ルビオの秘密を知っているかもしれない。それがなにを意味するのかは、情報が足りないせいでフレデリカにはまだわからなかった。


「王位継承者の記憶がすっぽ抜けているというのは、統治上も外交上も外聞が悪い。ここだけの秘密です。フレデリカ殿も肝に銘じてください」

「はい」


軽く言ってはいるが、相当に重大な機密であるのは間違いない。だからこそ重臣にも隠し、知る人を最小限に留めているのだ。今夜ここへ呼ばれた目的のひとつも、口止めだったのだと気づいた。
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