気高き国王の過保護な愛執
ぽつんとつぶやき、すぐに「ごめん」とはっとした表情を見せた。


「もうオットーもいないんだな。リッカもあそこには、帰る家はないのか」

「僧院にいる間に、リノが手紙をくれたわ。彼は結婚して、子供も生まれるの。村はますます小さくなりつつあるけど、そうやって新しい命も増えてる。ルビオはどこかで元気にやってますかねって、気にしてた」

「いつか会えるかなあ」

「王子を祭壇づくりに駆り出した刑で、王城に召し出してさしあげたら?」

「こんな格好で出てったら絶対笑われる」


ぶすっとした顔で背中を丸めるルビオに声をかけようとしたとき、頭上からなにかが降ってきた。「痛い」と声をあげるより先に、フレデリカは上半身がずぶ濡れになっていた。

水だ。桶をひっくり返したような塊の水が、高いところから落とされたのだ。

鈴を転がすような笑い声が、城壁を伝って届く。


「…あんっの悪ガキ…!」

「リッカ、ジェルバが出てる、出てるよ」


レンガの城壁を拳で殴って悔しがるリッカを、ルビオが必死になだめる。

そのとき、すぐ近くで草を踏む音がした。

ルビオが跳ね起きた。背中にフレデリカを守るように立ち、右手には短剣を逆手に握り、正面に切っ先を向けている。


「誰だ」


低く、鋭くささやくようにルビオは誰何した。

ルビオの反応の速さに、フレデリカは圧倒された。一瞬の動作だった。フレデリカが振り返ったときにはすべてが整っていた。

鬱蒼と茂る木陰から、影のような存在がゆらりと現れた。


「私です、陛下」


フレデリカははっとした。黒い革の鎧に、ふくらはぎまでを覆う黒いマント。左眉に傷。感情の表れない金色の瞳。ルビオよりふた回りほど大きな体躯を、滑らせるように動かす、訓練され尽くした所作。


「なにか用か、ゲーアハルト卿」


相手が誰だかわかっても、ルビオは剣を下げなかった。

大臣はゆっくりと視線をフレデリカに移し、それから王に戻した。目を伏せ、「いいえ」と静かに言う。かすかな地鳴りのような声だとフレデリカは思った。
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