気高き国王の過保護な愛執
「キスはしないよ。したいけど。ぼくは"いわくつき"なんだぜ」

「あらそう、芍薬でも煎じて飲んでなさい、意気地なし」

「なんだよ、それ?」


見るからに上質な、毛織の上衣の襟をぐいと引っ張り、フレデリカはルビオの唇にキスをした。油断丸出しの、半開きのルビオの唇の感触が、おかしくて笑えた。


「私は爵位を返上した変わり者、オットー・フォン・ウーラントの娘よ。"血まみれ"とのキスくらい、なんでもないわ」


ドンと胸を小突くように押しやり、言ってやる。

不意をつかれて呆然としていたルビオは、やがて困ったように微笑み、左肩を覆う腰までの長さのマントを広げた。周囲からフレデリカを包み隠すように。

そしてその中で、そっと一瞬だけ、唇を合わせた。


「誰かに見られたら、なにを言われるか」

「こんなの日常茶飯事でしょ。新しいガヴァネスは"血まみれ"のお手つきだって噂が出回るくらいよ」


ルビオはため息をつくと、右腕でフレデリカの腰を抱き、もう一度唇を重ねる。

その感触は、あの村の館で交わした、ひそやかな夜のキスと変わらない。フレデリカはそのことが嬉しかった。

いきなり、頭のてっぺんに衝撃がきた。


「いたっ!」


続いてもうひとつ。布の包みがドレスに跳ね返り、草むらへ落ちる。

頭を押さえて上を見上げると、遥か頭上、城壁に開いた四角い窓から、白い華奢な手がさっと引っ込んで消えるところだった。


「もう…!」

「リッカ、これ、薬だよ」


包みのひとつを開け、ルビオが言う。中を覗くと、まさにフレデリカがこれから作ろうとしていた、捻挫や打ち身に効く膏薬が蓋つきの容器に入っていた。


「イレーネからのお詫びだね、きっと」


布でくるまれていたとはいえ、こんなものがぶつかって、頭も陶製の容器も、お互い無事でよかった。

フレデリカは腰に手をあて、今後の授業計画を考えた。


「とりあえずイレーネ様には、力学を学んでいただかなくては」



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