気高き国王の過保護な愛執
「残念ながら、あなたの症状に効くかどうかはわからないのだけど。本来は年齢や疲れによる健忘に処方するものだから」

「ということは…」

「イレーネ様は、あなたの記憶がないことに気づいてる」


ルビオの顔に、驚愕の色が走った。


「仲がよかったんでしょう? あなたの変化の原因を、彼女なりに考えたんだと思う。なかなか手に入らない材料よ。どれだけ調べ、探し回ったのか」


独特の香気を漂わせている布の小袋を、ルビオはじっと見て、やがて口を開いた。


「イレーネ! おれだ。話がしたい、出てきてくれ」


すぐに周囲の気配が変わった。

軽やかな風が吹いたような気がした次の瞬間、一度目の遭遇と同じように、数歩先にイレーネ王女が立っていた。

金色の巻き毛を水色のドレスに垂らし、なにかを確かめるようにふたりを凝視している。その瞳は兄王と違い、真っ青な空の色だ。

何度見ても妖精だ、とフレデリカは見とれた。

ルビオが一歩、彼女に近づいた。


「イレーネ、賢いお前には、おれが誰に見える?」


優しい声だった。フレデリカが耳にしたことのない優しさをたたえた声だった。兄弟のいない彼女は、急にイレーネがうらやましくなった。

王女は兄から視線をそらさず、小さな唇だけを動かした。


「兄さまよ」

「本当に?」

「少し違うけど、絶対にディートリヒ兄さまよ」


毅然とした口調には、聡明さが表れている。

王は微笑んでうなずいた。


「お前がそう言ってくれるのが、一番嬉しいよ」

「けがをして療養していたんでしょう? それで頭の中をなくしてしまったの?」


小さな王女の前にひざをつき、彼女の手をとる。
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