気高き国王の過保護な愛執
「…ディーター、どうしました」

「ぼくは思い出すべきだと思うか」


締めつけから解放され、やっと深く呼吸できた気がした。だが身体は重いままだ。


「え?」

「父上と兄上の死の謎を解く鍵は、ぼくの記憶にあると言った男がいる」

「まさか…」


ディーターはうつむいたまま、きつく目を閉じた。

耳の奥にこだまする、群衆の叫び声。

血まみれ王。父殺し。兄殺し。呪われし王城。

丘を埋め尽くす、おびただしい数の人間が、ひとりに向けて怒りの言葉を吐き出した。たったひとり、ディーターに向けて。

それは呪詛のように彼の身体に入り込み、苦しめた。

他愛もない悪態、濡れ衣だと言い切れない自分がいる。

覚えていないだけで、彼らの言う通り、この手が血の繋がった人間をふたり、屠ったのかもしれない。

その痕跡を、いつか誰かが探り当てるかもしれない。

王妃の命で動いているゲーアハルトが、すでになにかを掴んでいるかもしれない。

──ぼくが人殺しだという証拠を。

ぐ、と喉を鳴らしたディーターに素早く反応し、クラウスが手桶に手を伸ばす。ディーターは義務的に飲み込んだ朝食を、すべてそこに吐き出した。


「思い出しても、思い出さなくても、あなたは苦しむのではないですか」


クラウスの温かい手が背中をなぜる。

空になってもなお、なにかを押し出そうと収縮する胃にえづきながら、ディーターは考えた。そうかもしれない。

だけど、もしそうなら、真実を知るほうがいい。

震える手で、机の引き出しを探る。かつてイレーネがくれた薬草茶が、包みのままそこに入っている。

だけど、思い出してしまったら。

ぼくは──…。



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