気高き国王の過保護な愛執
男は動きを止め、じっとしている。


「記憶を失っていた間に得た、ルビオとしての記憶はどこへ行くの?」


風が吹いた。

草木がさわさわと揺れる音に混ざって、男の声が届いた。


「さあ」


じり、と男が後退し、木陰に入ったと思ったとたん、姿を消した。

フレデリカはまっすぐに、男が消えたあたりを見つめている。その毅然とした表情は、なにも憂えていないように見えた。


「きみは、怖くないの」

「ルビオは怖いの?」


強がる気も起こらず、ルビオは素直にうなずいた。


「怖いよ、すごく」


自分で意図していた以上に、怯えが声に出ていて、愕然とする。

怖い。

足元からじわじわと這い登ってくるような不安。自分が消えてしまうかもしれない恐怖。

おさまったと思った震えが、また全身を襲う。そのときふと、温かいものが手に触れた。


「バカね」


フレデリカの手だった。

指を絡め、ぎゅっと握ってくれる。柔らかい、華奢な手。

知らず、詰めていた息を吐いた。

そしてこの手しか拠り所のない、心許ない自分を、恥じた。




「院長へ出した使いが、返信を持って戻ってきましたよ」

「ということは、いい返事かな」


夕刻、図書館にいたルビオのところへクラウスがやってきた。

巻かれた羊皮紙を広げ、目を通す。喜んで王女をお預かりしたい、という前向きな返事が、いかにも心からであるとわかる陽気な筆跡で綴られていた。
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