気高き国王の過保護な愛執
深夜に湯を使いに来た非常識はこちらなので、本音を言ったまでなのに、逆効果だったと気づいた。

ルビオはこれ以上刺激しないよう、片手で人払いをし、服を脱いで湯殿に入った。

新王が以前の王子とは"別人"と疑われる一因に、誰にも肌を見せなくなったことがある。着替えも湯浴みも、侍女を退け、クラウスだけをそばにおいて行うようになった。

肩の傷の説明ができないから、そうするしかなかったのだった。肉を抉り取っていった傷はまだしも、貫通したほうは誰の目にも矢傷とわかる。

上から別の傷をつけてごまかすことも真剣に考えた。だがそうしなかったのは、この傷が失った記憶と関係があるのは確かだと思われたし、なによりも、フレデリカと自分を繋ぐ、大切な思い出のひとつだったからだ。

湯に身体を沈め、いまだに引き攣れて、違和感のある傷を右手でなでた。

王都の外れに湧く温泉から引いてきた湯は、かすかに硫黄の匂いがする。ルビオは湯に浸かりながら、今日はまた別の匂いが混ざっていることに気づいた。

なんだろう、甘い、ぼうっとするような匂いだ。

洗い場に誰かが入ってきた気配がした。

とっさに傷を手で隠し、下がらせようと振り返ったルビオは、愕然とした。

一糸まとわぬ姿で、フレデリカが立っていたからだ。

いや、違う、見知らぬ女だ。

金の髪に青い瞳。なぜフレデリカだと思ったのか、自分でもわからない。動揺に激しく鳴る胸をなだめ、下がれ、と言おうとしたときだった。

声が出なかった。


「………?」


自分が間抜けに、ぽかんと口を開けているのがわかる。ぐらりと視界が揺れ、浴槽の縁に手をついて身体を支えた。

女の白い足が濡れた石を踏んで、近づいてくるのをぼんやり見つめる。焦点が定まらず、考えもまとまらない。


「これに見覚えがおありですね」


女が言った。声が直接頭の中に響いてくるようだった。

目の前に、青い小瓶がかざされた。

衝撃に一瞬、意識がはっきり戻る。しかしまた、ずぶずぶと思い通りにならないぬかるみに、自分が落ちていくのを感じた。


「…誰だ」

「聞いていた通り、しぶといお方」
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