元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
事態はそれで終わらなかった。

彼と弓を交換し、戻ってきた自分の弓を持った時の違和感といったら。

今までこれしか知らなかった弓が、実はコントロールしづらく、綺麗な音を出すには言うことをきかせるのが大変なものだとわかってしまって。

知ってしまった以上、知らなかった頃には戻れないという、小学生の私にとっては初めて味わう動揺。

もはや、感情の嵐をどう処理していいのかわからなくて、途方にくれた。

「希奈ちゃん? どうしたの?」

怪訝そうに話しかけてくる出海君に

「別に」

とだけ答えて、席を立った。


それ以来彼とは話すことはなかった。話しかけられそうになっても、私が避けまくったからだ。


演奏会本番が終わると彼はジュニアオケを辞めた。何でも、夏休みの間だけのオケ体験だったらしく、学校が始まれば東京の小学生に戻ったのだ。

やっぱりおとぎの国の王子様だった。




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