元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
そして。
ある日曜日の夕方。
私が自宅から出海君のマンションに帰ってくると、エントランスで、同じく外出先から戻ってきた黒川ミシェルと出くわした。
当然エレベーターを一緒に待つことになる。
先日の演奏の感動をどうしても伝えたくなり、思い切って話しかけてみる。
「あの、先日のラフマニノフ、素晴らしかったです」
黒川ミシェルは私をちらっと見て、クールな表情で言った。
「それはどうも」
……以上。
うん、感じ悪い。
それはまあ天才でルックスいい上に性格いい完璧人間がそうそういるはずはない。
出海君みたいにルックスよくて性格よくてヴァイオリン上手かった人間なんてのは、レアケースなのだ。
そんなことを考えながら共にエレベーターに乗り込む。
同じ階でエレベーターを降りて、同じ方向に歩き出すと、彼は立ち止まり、私をまじまじと見つめた。
……な、何。ストーカーじゃないですよ。
「ああ。出海のとこの……」
思い出したらしい。
でも彼は私をじっと見つめたまま、首をかしげた。
「……今日は恋人に見える」
「……当たってます」
彼は微かに笑った。
いや、祝福しているのではない。さすが俺、とでもいうようなナルシスティックな笑み。
……まあいいや。私が嬉しいから気にしないであげよう。