元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
まあ、1ヶ月全体練習を休んでたとはいえ、そこは年の功、要所を押さえたり怪しいところはごまかしたりするテクニックでそれなりに乗り切った……つもりだったけど、そんなの三神君には通じなかったらしい。
練習終了後。
そそくさと席を立とうとした私を三神君が「藍沢さん」と引き止めた時から嫌な予感はしていたのだ。
顔は一応にっこり笑ってるけど、目が笑ってないし、全身から発せられるこの威圧感。
……怖っ。やばっ。
「本番まであと2ヶ月ちょっとですが、今ご自分がどのような状況かわかってらっしゃいますよね?」
「…………ぇぇと……はい……」
「経験による貯金を使い果たしている状況です。このまま練習不足が続けば、足を引っ張ることになりかねませんよ?」
「…………申し訳ありません」
「僕は藍沢さんがどれだけ弾けるか知っているから敢えて言わせていただいてるんです。藍沢さんは大きな戦力なんですから」
お世辞でフォローするあたり、心憎い。
「お勤めの会社がホールディングスになって、さらに東京勤務になって色々大変かとは思いますけど」
わかってるじゃないの。
うちの会社、三神君が勤めるドラッグストアと取引があるものね。
こういう頭ごなしでないところは紳士的でなかなかよろしいと思う。