元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
晩御飯がだいたい出来上がる頃、玄関ドアが開く音がした。
えっ、早くない⁉︎
盛り付けの手を止めて慌てて時計を見ると、19時25分。
いつもよりかなり早い。
どうしようどうしよう、全然心の準備できてない!
業務業務業務……
心の中で唱えつつ表情を引き締めていると、
廊下のドアが開いて、
「ただいま」と言いながら出海君が姿を見せた。
–––––––ああ、私はこの人の空気感が好きなんだなぁ、と思った。
爽やかで、優しくて。
誠実で、強くて。
……遠くから見ていれば完璧王子様というだけだったのに。
私のことを受け入れてくれて、尊重してくれて、決してこちらが不快になることはしないだろうという安心感を抱かせてくれる。
一緒にいて心地いい。
……惚れるわ。
胸がぐっとなるのを抑えながら、
「お帰りなさい」
と返す。
この間、「『お帰りなさいませ』の『ませ』はつけなくていいですよ」と笑われた。
「早すぎましたか? メッセージ送ろうかどうしようか迷ったんですけど、晩御飯の支度を急がせるみたいで申し訳ないと思って」
困ったように笑う顔にドキッとし、そっと目を逸らし、料理に戻る。
「いえ、もうできますから、大丈夫ですよ」
答えつつ、さて、困ったな、と思う。
朝御飯はずらして食べてるけど、晩御飯もそうしようか。
正直お腹空いてるけど、出海君が食べてる間に楽器弾かせてもらおう。
ところが。
「ありがとうございます。よかったら、希奈さんも一緒に食べてもらえませんか?」
……うわぁ。『食べてもらえませんか』、ときた。
『食べませんか』だったら、『結構です』って断りやすいのに。
「せっかくなので、早く帰った時くらい、希奈さんとおしゃべりしながら食べたいなと」
……そう言ってもらえて、嬉しくない女はいないんだよ、出海君。