元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
向かい合って座り、いただきますをして食べ始める。

……恥ずかしくもあり、幸せでもあり。

「うん。おいしいです」

「……よかったです」

ほっとしながら頭を下げる。

「希奈さんのおかげで、心身ともに調子よく過ごせてます。手料理のパワーってすごいなと思います」

「……よかったです。ありがとうございます」

誉め殺しが続いたらどうしようかと思っていたけれど、出海君が話題を変えてくれた。

「ブラ2といえば、三神君を思い出しますね」

「ああ、あのデビューは衝撃的でしたものね」

私が4年生、出海君が3年生の時の四月上旬。
月末に迫った春の定期演奏会のホールリハが、1年生で入団したばかりの三神君の大学オケデビューだった。

「かなりのレベルだとは聞いていたのでファーストヴァイオリンに入ってもらったものの、オケの経験がほとんどないというから、希奈さんの隣で弾いてもらったんですよね」

「びっくりしました。あまりに美しい音色で。変な言い方ですけど、本当のヴァイオリンの音だ、って」

「わかります。僕のいたコンマス席にも、かなり音が飛んできてましたよ。本格的にソロの勉強してたんだろうなって感嘆しました。指揮者は『対向配置のバランスが崩れた』って苦笑してましたけどね」

対向配置とは、セカンドヴァイオリンが、ファーストヴァイオリンの反対側、つまり客席から見て右側に置かれる形。ファーストとセカンドが向かい合うから『対向配置』。客席でファースト・セカンドの掛け合いが左右から聴こえることを狙って、指揮者がこの配置を指定していた。
< 53 / 108 >

この作品をシェア

pagetop