元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
出海君は笑って左手を下ろした。

色気が消え、内心胸を撫で下ろす。

「希奈さんは、ブラームスの交響曲はどれがいちばん好きですか?」

話題を変えてくれたので、乗ることにする。

「4番です」

「即答ですね」

ブラームスは4曲の交響曲を残した。
私は中でも4番が大好き。
出海君が4番嫌いだったらどうしようと思うけど、仕方ない。

「交響曲全体でもブラームスの4番は、私の中でかなり上位に来ます。そういう出海君はどうなんですか?」

出海君は微笑んだ。

「僕も4番が好きです」

おお!嬉しい! いや、4番好きな人は多いから大したことないかもしれないけど、好きな人と好きなものが一緒なのは単純に嬉しい。

「1番は美しいメロディがたくさんありますし、2番は思い入れがありますし、3番の渋さもいいですけど、やっぱり4番がたまらなく好きです。希奈さんはどれもやってます?」

「4番だけやったことないです。だからこそ好きでいられるのかもしれないって思います」

「苦楽を共にすると、好きなだけじゃない色んな感情が生まれますものね」

……色んな感情が渦巻いて、胸がぎゅっとなる。

こういうしみじみしたセリフ、言う人によっては鬱陶しく感じるものだけど、出海君は全然そんなことない。
わかる。そうなの。
恋愛みたい。深い仲になると、ややこしい感情もたくさん出てくる。
だから出海君ともこのまま、さらっと、ふわっと、いい関係のままでいた方が幸せってことなんだろうな。

「週末はどうされますか? ここを練習場所にするならどうぞ。希奈さんの好きなようにして構いませんよ」

「……土曜の朝に出て、日曜夜に帰ってきたいと思います。よければ、食事は用意させてください」

「了解です。有り難いです」

出海君はにっこりと笑った。



< 55 / 108 >

この作品をシェア

pagetop