元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
そうして次の日、金曜日の朝。
今日、仕事が終われば本来の自宅に帰る。
朝食のテーブルについた出海君に、頭を下げる。
「この2ヶ月、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、本当に感謝しています。とても楽しかった。……ああ、すみません、朝からしんみりしちゃいそうなので、来週末、ちゃんとお話させてください」
……その言葉だけで、じゅうぶん。
そうして、いつも通り食事をすませ、出勤準備をし、王子様に変身した出海君を、玄関まで見送る。
「じゃあ、行ってきます。定演、頑張ってください」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「あ、そうだ。契約終了のご挨拶。お疲れ様でした」
出海君が握手を求めてきたので、おそるおそる手を出す。
心臓が痛いほどドキドキしてる。
私の手が出海君の手の中に入ると、そっと握ってくれた。
その手は大きくて、あたたかくて。
ああ、この手みたいに、全身を出海君にぎゅっと抱き締められたら、なんて幸せだろう、なんてバカなことを思う。
その考えを振り切るように、手の力をゆるめると、するっと握手がほどけた。
「希奈さん」
呼ばれて顔を上げると、出海君と目が合った。
その微笑みは、
王子スマイルではなく、
もっと、なんていうか、
魅惑的で。
こちらの体温と心拍数を上昇させて、赤面させる類のもの。
「また来週」
その声までも魅惑的に響いて。
あれ、私、おかしくなったのかな?
この期に及んで?
混乱する私を置いて、出海君は玄関のドアを開けて出かけていった。