元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
ジュニアオケの練習は、毎週日曜日の午後。
ある日、合奏で出海君の隣の席になった。
ベートーヴェンの交響曲第5番のファーストヴァイオリン。
隣で一緒に弾くと、本当に、上手だった。
楽器全体を鳴らす、ダイナミックなボウイング。
迷いのないシフトチェンジ。
曲想により使い分けられるヴィブラート。
なんというか、小手先で弾いてない感じ。
本格的に習ってるんだなぁ、と見とれ、聞き惚れた。
逆に、私はお稽古ごとの域を出なくて、まさに小手先のごまかしが多く、満足に弾きこなせなくて恥ずかしかった。
休憩時間、さっきの合奏でつかまった所をさらっていると、出海君が「希奈ちゃん」と話しかけてきた。
(小学生だから、お互い自然に下の名前で呼んでいたのだ。)
「跳ばし、苦手?」
跳ばしとは、弓を跳ねさせるテクニック。
確かに苦手だった。速くなると上手く跳ばせない。
「弓、交換してみようか?」
と弓が差し出された。
小学生の私は、おとぎの国の王子様に話しかけられて、舞い上がっていたのだと思う。
何となく、交換してしまった。
出海君の弓を持った瞬間から、息をのんだ。
手になじむ。
「弾いてみて?」
出海君はそう言いながら私の弓で弾き始めた。普通に上手。
私も出海君の弓で同じ箇所を弾く。
すると、それまでの短い人生の中で、最大クラスの興奮に襲われた。