元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
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そうして以前のような電車通勤に戻った。
会社の出海君は相変わらず難しそうな仕事をこなしているらしい。
私の方の仕事は一時期から比べればだいぶ落ち着いてきていて、水曜日には定時退社できるようになっていた。
仕事ができる人は約束を守ってくれる。
さすがだ。
1週間の間、
緊張でそわそわしつつ過ごした。
出海君とは個人的に顔を合わせる機会がないまま、ヨーロッパオケのコンサートがある金曜日になった。
緊張とドキドキとワクワクでグルグルする胃と心をなだめながら、
気に入っている仕事用の服を着て、
気に入っている靴を履いて、
滅多にしないネックレスをつけて、
滅多にしないネイルを短い爪に塗って、
出勤した。
そして、定時退社して、化粧を直して、気に入っているフレグランスをほんの少しつけ足して、コンサートホールにやってきた。
出海君の予定は、外出先から直帰となっていた。
私が退社した後、
『ギリギリになりそうなので先に入っていてください』
とメッセージが来た。
チケットは事前に渡されていたから、先に入場しているというわけ。
非日常の、特別な空間。
正面にそびえるパイプオルガンの荘厳な姿に、ますますその想いを強くする。
ちょうどいい。
今日までは、違う世界の王子様を好きでいていいことにしよう。
明日から、庶民の日常生活に戻ろう。
明日から。